ノンレム

「それでねえ人使くん、これが――」
 べらべらと喋り続けている名前。彼女が説明しているのは、先日完成したという加速用ブースターだ。もっとも改良が加わり、今ではver.4となっている。
 心操は名前の説明を話半分に聞いていた。時折、同意を求めるように此方を見るので適当に相槌を打っていたが、彼女はそれだけで至極満足そうにするので、心操がアイテムの事を理解していようとしていまいとあまり気にしないのだろう。むしろ、相手が心操かどうかも然程問題ではないに違いない。

 名字名前とは、保育園に通う頃からの腐れ縁だ。親同士の仲も良いせいで、同じ高校に通う事が決まるや否や、同じアパートに押し込まれてしまった。おかげで今では“ご近所さん”が“お隣さん”だ。こうして放課後に名前の家に連れ込まれ、彼女の開発したサポートアイテムについて語られるのも、もはや日課になってしまっている。――確かに、二人とも初めての一人暮らしなので、親としては知り合いが近くに居る方が安心なのだろう。しかし、良い歳をした男女が同じ屋根の下で生活をしているのはどうなのだろうか。
 シンライされているのだろうなあと、そんな事を考えながら、喋り続ける名前を見詰める。
「――だから前よりも性能が上がってて」
「なあ俺、そろそろ帰って寝たいんだけど」
 心操がそう口を挟むと、名前はぴたりと口を閉じた。「名前もいい加減寝ろよ。隈ひどいよ」
 ――あ、ちょっと嫌そうにした。
 不機嫌そうに目を細めていた名前は、暫くして「人使くんに言われたくないし」と小さく言った。
 先ほど彼女が黙り込んだのは、心操の“個性”を気にしてではなく、自身の解説を遮られたからだ。普通、心操の“個性”を知っている人間は、例えどれほど自身が気にしないようにしていたとしても、無意識の内に返事を躊躇することが多い。身内でさえそうなのだから笑えない。しかしながら、彼女は心操との会話を少しも恐れない。だからこそ、彼女との付き合いは続いている。
 もっとも名前の場合、サポートアイテム以外に興味が無いからとも言うのだが。
「俺のは良いんだよ」心操が言った。
 説明になっていない事に気付き、「勉強が遅くまでかかるってだけだし」と付け加える。

 元来、手先が器用で、細々した作業に向いていた名前。自由さが売りの雄英高校、そのサポート科は、特に性に合っていたらしい。“何でも”させて貰える、と、彼女が嬉々として語っていたのは、つい最近の話だった。そんな名前は、日頃から雄英内にある工房にちょくちょく足を運んでいる。それどころかこうして家に持ち帰っては、夜遅くまで発明に勤しむ毎日だ。
 早く帰って寝たい――そう口にはしたものの、心操は彼女のサポートアイテムを聞く事自体は苦ではなかった。むしろ、例え彼女の中の選択肢が心操ただ一人だからという理由であったとしても、好きな女の子と長時間二人きりで居られる事を嬉しく思わないわけがない。ただ本当に、隈が酷いのだ。
 心操が言えたことではなかったが、雄英に入学してからというもの、名前の目の下には常に薄黒い隈が出来ていた。しかも体育祭が終わってから彼女の発明熱は更に上昇したようで、一日中部屋の電気が点いている事も少なくなかった。サポート科の生徒としてあるべき姿だとは思うし、普段の勉強に支障が出ているいるわけでもない(もっとも、本人談なので本当かどうかは解らないが)というので、心操が口を出すことでもないのかもしれないが、本当に心配になってしまうほど隈が濃い。
 「人使くんだって充分隈できてるし」やら、「高校生の癖に夜更かしできないとか」等とぶつぶつ言っている名前を見ながら、ふと思い付いた事があった。間借りしているだけとはいえ、一応は私有地なんだから、良いよな?
「なあ名前」
「何、人使くん」
 怒っている割に、名前は素直に返事をした。



「おー、はよ心操」
 心操は声を掛けてきたクラスメイトに「おう」と返事をした。
「なあ宿題やってきた? 英語」
「マイクの? やったよ」
「マジ? ちょっと見せてくんねえ?」
「おまえこの前もそう言ってたろうが」
 そう口にしつつも、心操は鞄からノートを取り出し同級生に手渡す。悪いねと笑っている彼を見ながら、今度何か奢れよと肩を揺らした。いつもの日常だ。
「――心、操、くん!」

 人波を掻き分けやってきた名前は、心操の友達が目を白黒させているのにも構わず、「ちょっと来て!」と返事も待たずに心操の腕を掴み、壁際へと押しやった。少し離れた所に居るクラスメイトは、動揺しているような、それでいて興味深そうな顔付きで、心操達の様子を伺っている。
「何名前、痛いんだけど」
 名前はぱっと腕を放した。
「き、昨日……!」
「昨日? 何?」
 キッと顔を上げた名前の顔はどこか怒っているようだった。「わ、私に“個性”使ったでしょ!」

「……解った?」
「解るよ!」
 何年一緒に居ると思っているの!などと名前は口にしたが、心操が名前に“個性”を使い、洗脳したのは、幼少期に一度か二度あるか無いかという程度だ。もっとも、心操はその事を口には出さなかった。
「一体何考えてるのよ!」
「言ったろ、帰って寝たかったんだよ」
「だからって……!」
 あまり効果が無かったなあと、名前の目の下にある隈(少しばかり色は薄くなっていた)を眺めていたが、心操は彼女の顔が段々と赤く染まって来ている事に気が付いた。「――み、見た?」
「ハァ? 何を?」
 今や、名前の顔は茹で蛸だ。「……私の寝顔」


 暫く黙っていた心操を見て肯定だと思ったのか何なのか、名前はまたしても怒り出した。やれ“個性”の不正使用だの、立派な犯罪行為だのとぎゃんぎゃん捲くし立てている。まったくもって人聞きの悪い。それに「人使くんのばか!」は言いすぎだ。
 しかし羞恥に塗れた名前の顔を見ている内に、段々と悪戯心が沸いてくる。
「……寝顔見られただけだとでも思ってんの?」
 心操がそう口にすると、名前は今度こそ口を噤んでしまった。

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