アローラの風

 スカル団を解散させてからというもの、グズマは纏まった時間が出来ると、即座にポニ島のバトルツリーに足を運んでいた。――あの小癪なチャンピオン様の鼻を明かしてやりたい、その一心でだ。
 もっとも、あの子供とバトルするだけなら、わざわざいつ当たるとも知れないバトルツリーへ行かず、件のポケモンリーグに挑めば良いのだ。しかしながら、島巡りを途中で辞めてしまったグズマには、ラナキラマウンテンを登る資格は無い。とうに二十歳を越えた自分が今更島巡りをするわけにも行かず、結局、ハラの目を盗んではポニ島へ向かう日々を送っているのだった。

 バトルツリーはその名の通りポケモンバトルの為の施設だったが、対戦相手はその場に居たトレーナーから殆どランダムに選ばれる。負けたら最初からやり直しという性質上、延々と勝ち続けていれば対戦相手も絞られてくるが、グズマがあの子供と対戦できる機会はそう多くなかった。そもそもにして、互いに毎日バトルツリーに来ているわけでもないし、自分と同等か、それ以上にポケモンバトルに熱中しているトレーナー達の中で、勝ち抜くこと自体難しかった。
 しかしこの日、グズマはあの小さなチャンピオンを目撃していた。声を掛ける間もなくツリーの奥へと消えてしまったが、あの子供の後姿を見間違える筈もない。登録を済ます為、グズマも足早にマルチバトルの受付へと向かった。

 控え室に通されたグズマは、タッグの相手を決めるべく周りを見渡した。部屋には既に、数人のトレーナーが待機していた。
 マルチバトルはトレーナーが二人一組となり、互いに二体ずつのポケモンを選出、計八体のポケモンを戦わせ、先に相手側のポケモンを全滅させたチームが勝利となる形式だ。しかしながら、実のところグズマはあまり得意ではない。場のポケモンを全て蹴散らせば良いバトルロイヤルと違い、自分だけでなくタッグ相手のポケモンをも気遣わなければならないし、見ず知らずの誰かと組んでバトルするというのも性に合わない。
 知り合い――時々足を運んでいるらしいプルメリの姿はやはり無く、そうするとグズマが選ぶ相手は決まってくる。グソクムシャ達の弱点を補えるポケモンを連れていて、出来るだけマルチバトル慣れしてそうなトレーナー。強ければ尚の事だ。
 暫く辺りを観察していたグズマだったが、やがて一人のトレーナーに声を掛けた。傍らに居たのは、炎を宿したガラガラだ。「おいあんた、一緒に組まねえか」

 同じようにパートナーを選びかねていたらしいその女は、呼び掛けに顔を上げた。そして、グズマを見るや否や、サッと表情を変える。そりゃ、目の前に立っているのが強面の大男なのだから、仕方の無い事かもしれない。もっとも、だからといって別段傷付くわけでもない。
「あんたまだパートナーが決まってないんだろ。オレさまのグソクムシャとそのガラガラ、相性は悪くねえ筈だぜ」
 ――特性ひらいしんのガラガラであれば、グソクムシャの弱点の一つであるでんきタイプの技をほぼ無効化する事が出来る。いわ技に弱くなってしまうが、この場に居るトレーナーの中では最良の選択肢である筈だった。傍に居るガラガラは乗り気のようで、期待を込めた眼差しをトレーナーに向けていた。
 しかしながら、女は「いえ、間に合ってます……」と小さな声で言った。グズマは片眉を上げる。
 確かにグズマ自身、異性に好かれる容姿をしているとは思っていなかった。むしろ逆だろう。後ろに控えているグソクムシャだって、威圧感を与えているに違いない。しかしながら、こんなバトル狂いしか来ないような施設に居るトレーナーが、それを理由に断るとは考え辛かった。鍛え上げられたグソクムシャを見てタッグを申し込む輩は居るが、断られたのは初めてだ。
「何だよ、誰か待ってる奴でも居るのか?」
「い、いえ、別にそういうわけじゃ……」女はしどろもどろだ。「その、わたし、あと少しポイントが溜まったら、今日はもう帰ろうと思ってたので……」
 妙にはっきりしない女の態度に、グズマは段々と自分の中で苛立ちが募っていくのを感じていた。元来、気の長い方ではない。
「だったら良いじゃねえか、オレさまのマルチに付き合ってくれよ」そう言って、グズマは女の手を掴んだ。そしてそのままぐいっと引き寄せる。
「ちょっ」
 女は座っていたベンチから立ち上がりこそしたものの、グズマの手を振り解こうと躍起になっていた。彼女の声が存外大きかったからだろう、他のトレーナーの視線がちらほらと二人に寄せられる。もっとも、グズマが睨みを利かせれば、彼らはすぐに顔を背けたが。――しかし、これでますます彼女以外のトレーナーと組み辛くなってしまった。騒ぎを起こすのは本意ではないし、無理やりにでも引っ張っていこうか。
 ブッ壊されてえか、と、喉まで出掛かった時だった。「解りました、解りましたよグズマさん」

 渋々といった調子でそう口にした女に、グズマは一瞬面食らった。一緒に行きますから手ぇ離して下さいよ、としょげきった様子で言う彼女に、言われるがままに手を離す。「おまえ、何でオレさまの名前を知ってんだ」
 ――スカル団として活動していた期間は、実際はそう長くない。確かに、拠点としていたウラウラ島の人間であれば、グズマの顔を知っていてもおかしくはないかもしれないが、仮にそうであれば、いくらグズマがごり押したとしても、元スカル団ボスとタッグを組む事を承知したりはしないだろう。
 グズマを見て、しかもスカル団のマークであるドクロのネックレスも、タトゥーも無いグズマを見て、“スカル団のグズマ”と結び付けられる人間は限られてくる。
 目を細めて訝しむグズマを見て、女は先程よりも更に情けない顔をした。「な、何でって……」
 困ったように下がり切る眉毛は、言われてみると、どことなく見覚えがある気がする。
「知り合いだったか?」グズマが言った。
 否定をしない女を前に、グズマは記憶の糸を辿る。しかし、この年頃の女に知り合いなど居ただろうか。スカル団時代に女を作ったことは無かったし、関わりのあった人間というと、スカル団か、エーテル財団の人間くらいだろう。
 グズマが「財団の奴か?」と口にすると、女は力無く首を振った。それから彼女は両腕を胸の前でクロスさせ、足を開いてから、両腕をそれぞれ腰元へと持っていく。見慣れたそのポーズに、漸く合点がいった。
「――おまえ、名前か!」
 グズマがそう口にすると、名前は情けない声で「ヨー……」と言った。


 スカル団したっぱの名前。グズマがスカル団を解散させた時、彼女も当然したっぱの名前からただの名前になった。グズマが連絡を取り続けている団員は限られており――ちょくちょく連絡してくるプルメリや、気の合うごく数人だ――スカル団の団員の全員が何をしているかなんて、当然のように把握していなかった。聊か薄情な気もするが、アローラを揺るがした事件の片棒を担いでいたグズマとしては、それがケジメであると判断したのだ。
 入るものを拒まず、去るものを追わず。グズマ自身がそんな気性だからだろうか、いつの間にか組織染みていたものの、スカル団はさほど決まりがあったわけではなかった。受け皿などと揶揄されるのも仕方が無いのかもしれない。全体の数こそ大体は把握していたものの、グズマは団員の一人一人を認識しているわけではなかった。“あいつはこの前入った奴”、だとか、せいぜい“あいつはカプに罰を当てられたやつ”程度の認識が殆どだった。
 そんな中、名前というしたっぱはやけに印象に残っていた。しかし、どうして覚えていたのかと問われると言葉に詰まってしまう。居場所を求めてスカル団に入った、何処にでも居る人間の一人だった。

「――ガラガラ、シャドーボーン!」
 名前が叫ぶ。緑色の炎が灯るホネとはまた別に、影で創られたかのようなホネが浮かび上がった。ガラガラがそれを投げ付けると、急所に当たったのか、相手のオニシズグモは何をする間もなく戦闘不能になってしまった。これで、場に残るのは名前のガラガラだけとなる。
 審判がグズマ達の勝利を告げた。「やりましたよ」と、どこか嬉しそうに言ってみせる名前に、グズマは小さく「おう」と言った。


 結局この日、グズマはあの子供とバトルすることは出来なかった。早々にマルチバトルを止めて帰ってしまったのか、それとも単純にタイミングが合わなかったのか。危なげなく勝ち続けていたものの、32戦目で負けてしまい、グズマ達は二人揃ってバトルツリーを出た。
 ポイントを交換してきます――そう言ってグズマの元を離れた名前だったが、少しも経たない内に戻ってきた(どうやら彼女の言った「あと少しポイントが溜まったら帰ろうと思っていた」という言葉に嘘は無かったらしい)。何処から調達してきたのか、両手にミックスオレを持っている。
「今日はありがとうございました」
「……いや」
 そう言って缶を差し出してくる名前。拒む理由もなく、グズマはそれを受け取る。「おまえ強いんじゃねえかよ、何でウチに居たんだ」
「はい? な、何でって……」
 既に自分用のミックスオレに口を付けていた名前は、グズマの顔を見てだろう、黙り込んでしまった。

 スカル団は受け皿だと、揶揄されることがあった。最終的に行き着く先なのだと。カプの罰を受けたり、島巡りをこなせなかったトレーナーが巣食う場所なのだと。
 ――率直に言って、名前は強かった。バトル中の指示は的確だったし、ポケモンも鍛えられていた。グソクムシャ達が先に戦闘不能になり、残った名前のポケモンが相手のポケモンを倒したことも一度や二度ではなかった。
 派手なピンクに染めていた髪はいまや元の色となり、服装も当時のものとは違っていた。グズマの前に居る女は、ただのポケモントレーナーだった。
「良いじゃないですか、別に。楽しかったんですもん、スカル団やってるの」名前はそう言って笑った。「グズマさんだってZリング持ってるじゃないですか。わたしらみんな、グズマさんはリング貰えなかったんだーって思ってたのに。がっかりする子も居ますよ、きっと」
「オレさまは良いんだよ」
「何ですか、それ」
 あの頃――スカル団の時のように、楽しそうに笑ってみせる名前。その至って普通な笑い方が、ますますグズマを腹立たしくさせる。当り散らしたい程ではないが、最高に良い気分というわけでもない。「なあ、何でだ」
「おまえ程実力がありゃ、トレーナーとしても食ってけたろうがよ。実際此処に居る連中はそれで食ってる奴ばっかりだ。わざわざウチで腐ってる必要なんざなかった筈だ。それとも何か、おれ達の事馬鹿にしてたのかよ? 島巡りもろくにこなせなかったクズ連中ってな」
 グズマがそう言うと、名前の顔から段々と笑みが消えていった。
「グズマさんは、違うのかもしれないですけど」ひどく小さな声だった。
「わたし、本当にスカル団が楽しかったんです。だから、グズマさんがそんな風に言わないで下さいよ」
 帰りますね――そう言った次の瞬間、名前はリザードンに跨っていた。そして飲みかけのミックスオレもそのままに、バトルツリーから飛び去っていった。段々と小さくなるリザードンの影を見詰めながら、漸くグズマは思い出した。何故、名前というただのしたっぱが、やけに印象に残っていたのかを。

 名前が普段何をしているのか知らないのと同じように、彼女が何処に住んでいるのかも知らないグズマだったが、その足は真っ先にウラウラ島に向かっていた。宛てがあるわけではなかったのだが、もしかするとプルメリであれば、彼女の行き先を知っているかもしれないと思ったのだ。ハイナ砂漠南に位置するオアシス。13番道路に駐屯するトレーラーに、果たして名前はそこに居た。
 悪かった、と、グズマがそう口にすると、泣いていたらしい名前は「グ、グズマさんが謝らないで下さいよお……!」とまた泣いた。胸にしがみつく彼女の頭を撫でるようにしてやりながら、名前と出会ったばかりの頃を思い出していた。スカしたガラガラだな――グズマがそう言った時、名前はまるで、生まれて初めてバトルをして勝った時のような、そんな顔をしていたのだ。

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