食事を嫌がる彼の話

 ホグワーツでは基本、自由な時間を過ごす事ができる。授業に出てさえいれば、学校側が干渉する事がひどく限られているからだ。廊下で魔法を使っちゃいけません、消灯時間を過ぎて寮を出歩いてはいけません、禁じられた森に入ってはいけません。
 朝昼夕と振る舞われる食事は全て、ホグワーツに勤めている屋敷しもべ妖精達のお手製で、勿論大広間に食事が並ぶ時間帯はきっちりと決められているが、例え食いっぱぐれたとしても、ホグワーツという場所に慣れた生徒ならば、直接厨房に赴き、屋敷しもべ妖精達に食べ物を請う事ができる。彼らはきっと、頼み込めばフルコースをも振る舞ってくれるに違いない。
 逆に言えば、食べないという選択肢を選ぶことも勿論可能だ。

 ホグワーツの食事は美味い、シリウスは素直にそう思った。
 家で食べる物とここで食べる物は、不本意にも差があった。実家の方が高級な物を食べているのだ。あの家に心酔しきった老いぼれ屋敷しもべは確かに憎たらしい所があるし、シリウス自身何度蹴っ飛ばしてやろうかと思った程だ。しかしながら彼の作る料理は一級品だった。ホグワーツのしもべ妖精達も敵わない、それぐらい彼は出来の良いハウスエルフだった。材料も高級な物を使っている事も確かだが、彼の腕前があってこそだという事を、シリウスは知っていたのだ。
 が、シリウスはこのホグワーツでの食事も嫌いではなかった。お袋の味とでも言えばいいのか、素朴な味付けは食が進むし、何より友達と一緒に喋りながら食べるのは最高だった。
 スープ啜ろうとパンを囓ろうと、怒られねえしな。

 シリウスはゆっくりゆっくりと食べていたが、次第に何度も扉の方に目を向けるようになった。ジェームズ・ポッターが未だに現れないのだ。梟便の時間の前に一緒に食べようと言ったのに。ピーターやリーマス、同室の二人と一緒に居るのもそれはそれで楽しかったが(何せ、「友達」なんて初めてだ)、ジェームズは彼らと少し違った。ジェームズとなら、シリウスは何でも出来る気がした。
「なあ、ジェームズは?」
 聞いても仕方ないとは解っていたが、ついピーター達にそう尋ねた。思った通り、二人は首を傾げるだけだ。しかし噂をすれば影とはこの事で、丁度大広間の扉が開き、ジェームズ・ポッターその人が現れた。名前・名字を引き連れて。
 シリウスの機嫌は、一気に大暴落した。
「やあ遅れてごめん。名前がなかなか起きなくってね」
「起きなかったわけじゃないとも。でも僕はチョコレートだけで生きていけるのさ」

 やってきたジェームズはシリウスの目の前に腰掛け、すぐにパンに手を伸ばした。彼の隣に座った名前は、シリウスの見間違いでなければ、嫌そうだった。ほんの少しの差異だったが、彼がいつも浮かべている快活な笑いと、今の笑い顔は少し違う。
 そこまで考えて、シリウスはハッとした。何でこんな奴の事なんて考えてる?
「チョコレートだけってどういう事?」
 純粋な興味か、それとも名前の言った軽口を真に受けたのか、リーマスがそう問い掛ける。ひどく怠慢な動作でパンの方に手を伸ばしていた名前は、いつものようにさらりと嘘を付いた。
「その言葉の通りだよミスター」どこかキラキラとした目をして、名前が言う。伸びかけていた彼の右手は引っ込んでいた。「僕は別に、こうしてわざわざ食事をしなくったって、生きていけるのさ」
「チョコレートは全てを備えている。色んな形に加工できるし、チョコレート専門店も沢山ある。それに固体だけでなく液体としても食べられるから、退屈しのぎにはなるのさ」
「君の言う事を聞いていると、まるで食べる事自体が無駄だと言っているみたいだ」
 名前が言った事を冗談だと思ったのか、それとも解っていて呆れたのか、リーマスはそう言った。ちゃんと食べなきゃ駄目だよと言ったリーマスに、何が可笑しいのか名前はただ笑うだけだった。
 今シリウスの眉が寄っている事にも、シリウスが彼を嫌っている事にも、ジェームズは気が付いているだろうに、それでもやはり彼はを友達だと思っているようだった。

「しかし僕が居るからには、そうは問屋が下ろさない!」
「おっと何たる伏兵。ブルータスよお前もか」
 名前・名字の皿にどんどんと野菜やパン、ベーコンといった物がひどくバランス良く盛られていき、名前は訳の解らない事を口走った。しかしそれを聞いてジェームズが笑ったので、やはりシリウスは腹が立ったのだった。
 後から聞いた話に寄ると、ブルータスというのはとあるマグルらしい。何でジェームズはそんな事知ってるんだ。
 ただの激しすぎる偏食かもしれないが、それでも名前が先程のような作り笑いを浮かべるでもなく、本当に苦しそうに食べているのを見ていた時は、流石に同情せざるを得なかった。が、やっぱりコイツは嫌いだ。

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