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 あまり離れず一塊で動こう、と、緑谷は言った。チームアップがこの課題の勝ち筋であるのだと。
 当然のように爆豪と、そんな爆豪の後を追った切島と上鳴、そして意外なことに一人走り去った轟を除き、名前達は纏まって走り始めた(もっとも、爆豪は団体行動そのものを嫌がってのことだったが、轟の場合はクラスメイトに“個性”の悪影響が及ぶのを鑑みた上での行動らしかった)。
「単独で動くのは良くないと思うんだけど……」
 心配そうに言う緑谷に、峰田が「何で?」と尋ねる。「だってホラ、僕らはもう手の内バレてるんだ」
「さっき僕が言った勝ち筋は他校も同様なワケで……学校単位での対抗戦になると思うんだ。そしたら次は、当然どこの学校を狙うかって話になる」
 先頭を走る緑谷は、どうやら岩場地帯を目指しているようだった。岩石郡が連なる、比較的“拓けた”土地だ。アナウンスされている開始までのカウントが、段々と減っていく。「つまり、一番狙い易いのは――」


 スタートの合図と共に、他校生が一斉に姿を現した。そして、名前達目掛けて投げ付けられる大量のボール。名前達より一年以上多く経験を積んでいるだけあって、惜しみなく投げられ、それでいて一直線にターゲットに向かってくるボールの群れに、怖気つかなかったわけではなかった。「尾白くん、大丈夫!?」
「ああ、ありがとう穴黒さん」
 いつもと変わらず冷静な声でそう答えた尾白は、名前の重力範囲下を抜け出してきたボールを蹴り付け、振り返りざまに別方向から来たボールを尾で弾き飛ばした。名前はほっとして“個性”の発動を解いた。地面にめり込んだいくつものボールは、ぴくりともせず沈黙していた。
「ボール、出し惜しみせず投げた方が良いのかな」
 どうやら考え事が口から漏れ出ていたようで、名前の呟きに「いや、止めた方が良いだろう」と障子が返事をした。「確実に狙えるなら兎も角、むやみやたらに放ってもボールが無駄になるだけだ」
「そうですわ穴黒さん。動きを止めてから、一つ一つ丁寧に当てて行きましょう……!」
 成る程チームアップするとこういう時に便利なんだなと、名前はどこか感心した。今まで、名前達は授業の中、クラスメイト同士でチームを作ったことは勿論あったが、ほぼ全員で動くことなど滅多になかった。誰かが間違えても、他の誰かが正してくれる――。
 うんと頷いた名前に、瀬呂は「頼むぞ」と念を押した。「こっちっ側、範囲攻撃出来んの穴黒だけなんだかんな!」
「……うん!」
 名前が両腕を前に突き出すと、前方に居る受験者達は警戒の色を一層強めたようだった。


 名前が十数個のボールを一度に沈めた時、競技場内にアナウンスが響き渡った。試験内容を説明した、あの眠そうなヒーロー公安委員会委員の声だ。「えー、現在まだどこも膠着状態……通過0人です……」
 情報が入り次第アナウンスさせられます、と、目良は至極嫌そうに言った。

 通過は百人きりと聞いて焦っていたが、名前は内心で安堵した。唯一“個性”が割れている名前達が未だ誰も脱落していないのだから、他も同じような状況か、名前達以上に混戦しているに違いなかった。
 制限時間は無いのだから、焦らず“個性”を見極めて行けば良い――名前がそう考えた時だった。
 突如、大きな揺れが競技場内を襲った。地震にも似たそれは現実のそれよりも更に局地的で、凄まじい勢いで大地が割れていく。どうやら傑物学園の、真堂の“個性”らしかった。盛り上がった地面に押されるようにして、名前達は散り散りになってしまった。


「いっつ……」打ち付けた顎を擦りながら、名前は立ち上がって辺りを見回した。もうもうと砂埃が舞い上がり、視界良好とは言い難かったが、思っていた以上に崩落が酷く、上手く逃げられて良かったと安心した。
 目良のアナウンスが響いたのはその時だった。「――脱落者120名!」
「一人で120人脱落させて通過した!」
「アリなんだ、それ……」
 一人で120人ということは、他人のボールを奪って使っても良いという事だ。ボールは六つしか配られていない。また、委員会側が誰が投げたか把握しているという事にもなる。
 ――何処の誰かは解らないが、おかげでボールを失くして失格になる、その心配は無くなったわけだ。
 名前が安堵の溜息を吐いた時、ガラッと小石の崩れる音がした。見ると名前を標的にしたらしい他校の集団が、じりじりと迫って来ている。

 チームアップが勝ち筋。緑谷の言った事は正しい筈だし、名前だってそう思っていた。友達に背中を預けて戦うのはドキドキするが、不安は一切無かった。
 ただ、名前は少しだけ思っていた。自分の“個性”の発動範囲の事を考えると、大人数で動くよりも、一人で行動した方が良い筈だと。最初から、轟のように、皆から離れるべきだったのかもしれなかった。
 見渡した限りでは同級生の姿は見付けられず、名前は腹を括った。先着百人という制限こそあるものの、逐一アナウンスがされるおかげで、むしろ心に余裕が出来ていた。入試の時は何が基準で採点されるかも解らず、ただただ不安に駆られながら仮想敵を壊した。それに比べれば、早い者勝ちというルールは逆に有り難い。
「仮想敵雄英って、冗談だったんだけどな……」
 名前は両手を構えながら、さてどうするかと思考を巡らせた。

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