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 月日は流れ、仮免試験当日。名前達はクラス毎に分かれて――A組とB組、それぞれ別の会場を申し込んであるのだと、先日相澤達が説明していた――バスに乗り、試験会場を目指した。名前達A組が向かったのは、多古場市にある国立多古場競技場だ。
「この試験に合格し、仮免許を取得出来れば、おまえら志望者は晴れてヒヨッ子……セミプロへ孵化できる」
 バスから降りた名前達が、およそ相澤らしくない鼓舞の言葉に励まされたのは言うまでもない。「っしゃあ! なってやろうぜ、ヒヨッ子によォ!」
「いつもの一発決めて行こーぜ!」
 上鳴と、そして切島に引っ張られるようにして、名前達は円状に並ぶ。「せーのっ――」

 Plus Ultra――そう続く筈だったのだが、名前の声は途中で尻すぼみになってしまった。真後ろから聞き覚えの無い声、しかも名前達の誰よりも大きな声が聞こえたからだ。恐る恐る後ろを振り返ると逞しい胸板があり、徐々に目線を上げていくと、綺麗に刈り込まれた坊主頭が見えた。
 イナサと呼ばれたその男子生徒は、「どうも大変失礼致しましたァ!」と先ほどよりも更に大きな声で言い、地面に頭をぶつけるほど低くお辞儀をした。ごんと音がしたので実際にぶつけたのだろう、顔を上げた彼の額には、確かに血が滲んでいる。「一度言ってみたかったっス、プルスウルトラ! 自分雄英高校大好きっス!」
 雄英の生徒と競えるなんて光栄の極み、そう言ってのけたイナサは、目の前に居る名前が怯えているのを見て取ったのだろう「よろしくお願いします!」と気持ちの良い笑顔で言った。

 夜嵐イナサを始めとした士傑高校の面々が去った後、名前達に話し掛けてきたのは傑物学園高等学校二年生の一団だった。彼らの担任であるMs.ジョーク、彼女はどうやら相澤と以前からの知り合いだったらしい。曰く、事務所が近所だったそうだ。
 雄英高校のようにヒーロー科の教員だからといって、プロヒーローが講師として教えている高校はそう多くない。殆どの場合は外部講師の形をとっており、常勤している高校となるとぐっと少なくなるのだ。だからこそ雄英高校がヒーロー育成の場において最上と言われるのだし、先の士傑高校の生徒を率いていたのは一般の教員のようだった。
 ――つまり、ジョークが教えているのだろう傑物学園の生徒達は、かなりの実力を持っている筈だ。
 いの一番に口を開いた男子生徒は真堂と名乗り、きらきらと輝くような笑顔で言った。「不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!」


 名前達は更衣室で戦闘服に着替えると、地下通路を通り、大きな体育館のような場所に集められた。最初の内は此処で試験を行うのかと思っていたのだが、瞬く間に会場は埋め尽くされてしまった。数えてはいないものの、凡そ千人は超えているだろう。もしかすると、入試の時のように、別会場が設けられているのかもしれない。
 人いきれが蔓延する中、名前がふうと溜息を吐くと、傍に立っていた瀬呂が面白そうに「お」と言った。「どした穴黒、今頃バス酔いが来ちゃったか」
「ううん」からかう気満々の瀬呂に、名前は少しだけむっとした。「その、何か視線を感じるなって」
 名前がちらっと横を見ると、此方を伺っていたらしい他校の生徒達がパッと目を背けた。あー、と、瀬呂が納得したように言う。
「なんつーの、流石雄英だな。けどよ、なんか懐かしいよなこの感じ」
「体育祭のこと? そうだね、仮想敵雄英って感じだよねえ……」
 名前は再び前を向いたが、また視線を向けられるのを感じた。ひそひそと話し声が聞こえてくるような気さえする。「まあ、私も雄英じゃなかったら、多分見ちゃうと思うし……」
 だな、と瀬呂は肩を揺らした。大勢に注目されているのは体育祭の時と同じだったが、不思議とプレッシャーは感じなかった。何が起こっても同じだと考えているのか、それとも単に名前が図太くなっただけなのか。
「まああれだよな、こんだけ見られてると緊張してきちまうよな」
「酔い止め要る?」
「……お前って、案外良い性格してるよな」

 時間になると、壇上に十名ほどの背広を着込んだ大人達が整列した。どうやら仮免許取得試験の審査員達らしい。やがて、その内の一人が試験の概要を説明し始めた。
 試験は受験者全員が同時に行われるという事。ターゲットを三つ、ボールを六つ携帯し、他の受験者のターゲットに当てることが課題だという事。二人倒した時点で合格となり、自身が所持するターゲット全てに当てられれば失格だという事。そして、先着百人のみが予選通過となるという事。
「ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません」試験官の目良は、そこで一旦言葉を区切った。「まァ、一個人としては……動機がどうであれ、命がけで人助けしている人間に“何も求めるな”は……現代社会に於いて無慈悲な話だと思うワケですが……」
「とにかく、対価にしろ義勇にしろ、多くのヒーローが救助・敵退治に切磋琢磨してきた結果、事件から解決に至るまでの時間は今、ヒくくらい迅速になってます」
 だからスピードを競わせるのだと、目良は言った。


 展開――名前は体育館のような場所だと思っていたが、どうやら自分達が居たのは試験会場のほんの一部だったらしい。地響きのような音を立て、直方体である仮設会場が、文字通り展開していく。「わあ……」
 ものの数分もしない内に、仮設会場は開き切った。ビル郡あり、工業地帯あり、山あり谷あり――雄英のUSJを更に大掛かりにしたような、そんな演習場が名前達の前には広がっている。今でこそこうして試験の場としか用いられないが、かつては大きなスポーツの催し等にも使われたのだろう、会場の周りは沢山の観客席に囲まれていた。ぽつぽつと人影が見える事から、教員達が観覧しているのだと解った。

 ターゲットとボール、その両方が配られたその一分後に開始だと、試験官は説明した。名前達の中で、口火を切ったのは緑谷だった。

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