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 仮免試験前に設けられた訓練期間において、TDLに訪れるのは当然A組だけではなかった。カリキュラムが大きく異なっている他学科が使用する事はないものの、同じヒーロー科であるB組はA組とほぼ同じくらいの頻度で使用許可申請を出していた。この日は丁度、午後からB組が使う事になっていたらしい。
 喧嘩腰とも取れるような態度でやってきたB組――もっとも、ブラドキングのそれは生徒達のやる気を煽る為の、いわば一種のパフォーマンスなのだろうが――に、名前達は呆れ半分でその様子を見守っていた。ちなみに、もう半分は訓練による疲労だ。

 名前はコスチュームの篭手を外しながら、笑い続ける物間を見ていたが、当の物間はというと、名前に目を留めた瞬間びくっと身を震わせた。そのままじわじわと顔を赤くさせていく物間に、名前は内心で首を傾げる。
「あっ、あの!」物間が言った。「A組全員落ちてよって言ったけど、べつ、別に穴黒さんの事を言ってるわけじゃなくて……!」
 何故か必死な様子で弁解する物間に、名前はどう答えるべきなのかと暫し迷った。彼とは特別仲が良いわけでも、そもそも友人ですらないのに、名前だけに気を遣う理由が解らなかったのだ。焦り始める物間を哀れに思ったのか、拳藤は「あいつも悪気あるわけじゃないからさ」とフォローを入れ、名前も漸く頷いた(物間は目に見えてホッとしていた)。


 夜、名前達は一階の共同スペースに集まっていた。寮での生活にも段々と慣れ始めていたものの、こうして空いた時間にも友達と一緒に居られるのは楽しかった。毎日大変だ、と、芦戸が言った。
「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」
「あと一週間もないですわ」
 八百万の言葉に、一週間かと、名前は内心で溜息を吐いた。
 名前の必殺技会得は未だ上手く行っておらず、せいぜい壁や天井を歩くことと、限られた空間を擬似的に無重力にするくらいだった。どちらも戦闘向きでないばかりか、前者はあまり使いたくなかったし、後者は汎用性が無さ過ぎた。ミッドナイトやエクトプラズムはそれでも良いと言ってくれているが、やはり攻撃手段を考えるべきなのだろうかと、名前は段々と考え始めていた。
 話題はそれぞれの進捗具合に移り、八百万はやりたい事は色々あるが体がまだ追い付かないと言い、蛙吹はよりカエルらしい技が完成しつつあると言った。
「お茶子ちゃんは?」
 蛙吹がそう尋ねたが、麗日はぼんやりするばかりで蛙吹が再度彼女に尋ねるまでずっとそのままだった。お疲れのようねと微かに苦笑した蛙吹に、麗日が慌てて首を振る。「……のハズなんだけど、何だろうねえ……最近ムダに心がザワつくんが多くてねえ」
「恋だ」
「ギョ」

 芦戸の一言に、途端に場が色めき立った。麗日が躍起になって――しかも、文字通り浮くほど――否定するのも、逆に事実を物語っているようだった。通り掛かった男子達に変な目で見られながらも、名前達はきゃあきゃあと騒ぎ立てた。もっとも、当然全員ではなかったが。
「誰ー!? どっち!? 誰なのー!?」
「ゲロッちまいな? 自白した方が罪軽くなるんだよ」
 まだ見ぬ恋バナに目を輝かせながら芦戸が言い、半ばからかいながら耳郎が笑う。
 確かに、麗日はその二人――緑谷と、そして飯田と、よく行動を共にしていた。入試の時に知り合ったのだという彼らは、入学したその日から既に仲が良かった。一緒に生活する内に、恋が芽生えていたのだとしたら――。
 チャウワチャウワと小さく繰り返す麗日が可愛らしくて、名前もついつい「そうだよ麗日さん、ばらしたりしないからさ」と笑っていた。しかし、名前が笑っていられたのも、その時だけだった。「でも、穴黒も飯田と仲良いよね?」

 唐突に出た自分の名前に、名前は一瞬頭が真っ白になった。誰と、誰が、仲が良いだって? しかしながら、そんな名前を置き去りにして、葉隠は更に言葉を続ける。「この間、ずーっと二人で話してたよね?」
 自販機の前で、と葉隠は付け足した。
「飲み物買いに行ったんだけど、二人とも気付かないでずっと話してたし」
「なっ……」
「良い感じだったから話し掛けなかったんだけど、挙句二人して座っちゃって」
「そっ……」
「邪魔するのも悪いかなって思って、そのまま戻ってきちゃった!」
「は、葉隠さん見てたの!?」
 真ん前に座る葉隠は、「途中までね」と普段と変わらぬテンションのまま口にした。当然、彼女がどんな顔でそう言ったかは解らない。途中までという言葉は、果たして真実なのかどうか。
 別に聞かれてまずい事を話していたわけではないのだが、それでも無性に恥ずかしかった。私は一体、彼と何を話していたっけ? 彼がオレンジジュースが好きなのだと勘違いしていたこと、必殺技がなかなか出来ないということ、それから飯田がヒーローのように思えたと告げたこと――。
 じわじわと自分の顔に熱が集中していくのが、名前にははっきりと感じ取れた。同時に、友人達からの好奇の視線も。葉隠の告発を皮切りに、「そいや、前に一緒にご飯食べてたよね」やら、「以前手を繋いでいたような……」やら、「緑谷の事スキって言ってたくせにー!」やら口々に言われ、名前は黙り込むしかなくなってしまった。その様子が、より一層肯定しているように見えるとも気付かずに。

 結局、八百万と蛙吹の取り成しによりその場は収まったが、クラスメイト達は名前は飯田の事が好きで、麗日は緑谷か飯田の事が好き、加えてもしかすると二人はライバルかもしれない、と、そういう結論に至ったらしかった。
 飯田とはただの友達――その筈なのだが、名前は暫く寝付けなかった。明日から、どんな顔で彼と会えばいいのだろう。

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