57

 八月。束の間の休息が終わりを迎えていた。本来であれば、マタタビ荘での合宿――そもそも、元の行き先も違っている――を終えた後、数日間だけお盆休みがあり、それから学校での補講へと続く筈だった。その事を考えると、名前達雄英高校ヒーロー科一年生は、想定よりも少しばかり多く休みを貰っていた。しかし、それでも短いものは短いわけで。
 夏らしいことな少しもできなかったなあ、と、そんな事を思いながら、名前は通学路を歩く。
 それもこれも、名前達が仮免許を取得する為だった。ヒーロー科では普通、基礎を積んだ二年次に仮免試験を受けるのが普通だ。しかしながら、雄英高校では一年次のカリキュラムに仮免取得が含まれているのだ。怒涛のように与えられる試練の数々は、果たして講師達の愛の鞭と捉えてよいものか。

 道の途中で口田と鉢合わせ、名前は彼と二人、並んで歩いていた。話が弾む事こそなかったものの、席が隣という事もあり存外二人は仲良しだ(と、少なくとも名前は思っていた)。この道も暫く見納めなのかなとか、ウサちゃん元気?とか、そんな他愛のない事をほぼほぼ一方的に話していた名前だが、ふと口田からの相槌が無いことを不思議に思い、彼の視線の先を追った。
 道路を挟んだ反対側で、携帯端末か何かを見ているのだろう、一人の女子高生が俯き気味に歩いているところだった。見慣れたその姿に、名前は密かにそっと胸を撫で下ろす。「耳郎さんじゃん」
「良かった、学校来られたんだね」
 名前がそう話し掛けても、口田はうんともすんとも言わなかった。彼は口を噤んだまま、じっと耳郎を見詰めていた。どことなく不思議に思いはしたものの、名前はそれ以上考えることなく、道の向こう側に居る耳郎に声を掛けようとした。――しかしながら次の瞬間、勢いよく口を塞がれた。

 思わず名前は立ち止まってしまった。当然、名前の口を塞いでいる口田もだ。そして反対側の耳郎はというと、そんな名前達に少しも気が付かなかったらしくすたすたと歩いていき、やがてずっと遠くへ行ってしまった。雄英生の波が、次々と名前達を追い抜かしていく。
 戸惑いつつも、もごもごと言葉を発しようとすると、口田は漸く名前の存在を思い出したようで、慌てた様子で手を離した。
「な、なに……?」
 名前は恐る恐る問い掛けたが、口田は焦ったような、それでいて謝るような仕草を見せるだけだった。どうやら名前の鼻を押し潰す為、強行に及んだわけではないらしかった。もしかして耳郎さんと仲悪いの、と尋ねると、口田は先程よりも更に勢い良く首を振る。
「……えー、と」名前が小さく言った。「あの、私口堅いから大丈夫だよ」
 名前の言葉をどう解釈したのか。口田はカッと顔を赤くすると、まるで「そういうんじゃない!」と言わんばかりに無言で名前の背を叩いた。


 ハイツアライアンス――学生寮の前で、1年A組の生徒達が勢揃いしていた。行きに見掛けた耳郎と、そして葉隠を含めた、21人全員でだ。皆許可降りたんだなと、そう口にしたのは瀬呂だった。
「私は苦戦したよ……」
 表情こそ読めなかったが、葉隠がひどく疲れたような声でそう言ったのが、名前の位置からでもよく聞こえた。この日から、雄英高校に通う全生徒が、雄英敷地内に設けられた寮の中で生活することになっていた。
 さて、と、相澤が静かに言った。

 彼は残りの夏休みを仮免取得に充てると告げた後、五人の生徒の名を呼んだ。轟、切島、緑谷、八百万、そして飯田だ。「この5人はあの晩あの場所へ、爆豪救出に赴いた」
 相澤の言葉を聞いた瞬間、名前は思わず息を呑んだ。絶対神話の崩壊を世に知らしめた、神野の悪夢。生徒それぞれの反応を見て確信したのだろう、相澤は「その素振りだと、行く素振りは皆も把握してたワケだ」と静かに言った。彼の声は平坦で、名前達にひどく落胆しているとも、想像通りの行いをしたのだとも感じ取れた。そして、だからこそ名前達の心の深いところに突き刺さった。
 オールマイトの引退が無かったなら、止められなかった全員を除籍処分にしてる――そう言い切った相澤は、失った信頼を回復してくれるよう努めて欲しいと口にし、やがて踵を返した。


 学生寮は一棟が一クラス分となるよう設けられていた。それだけの敷地もさることながら、築三日だというのだから驚きだ。パワーローダー先生辺りが手伝ったのかなと、名前は少しだけ考えた。彼の事務所は、建設会社としての一面も持っているのだ。
 相澤は寮の中を簡単に案内した後、皆に解散を言い渡した。どうやら、本格的な授業は明日から始まるらしい。名前達は自分達の部屋を整えるべく、それぞれ割り振られた部屋へと向かった。

 名前の部屋は二階にあった。同じ階に女子生徒が居ないのはなんとも寂しいが、遊びに行けば良いのだから問題ない。階が低くて移動に便利なことも、恐らくは利点に違いなかった。
 言いようの無い疎外感に見舞われながらも、数時間後、名前はかなり早い段階で部屋を作り終えた。13号の家に居候していたこともあって所持品はそう多くなかったし、借りていた部屋と同程度の大きさだったので特別悩むこともなかったのだ。むしろ部屋の大きさだけで言えば、備え付けの冷蔵庫やクローゼットのことなどを考えると、寮の部屋の方が少々大きいくらいかもしれない。
 一階へ降りてきたは良いものの誰も居らず、中途半端に空いてしまった時間をどうすべきか暫し悩んだ。ここで友人達を待っているべきか、それとも――。
 名前はやがてソファーから立ち上がり、共同スペースを出て階段を上り始めた。向かう先は五階、最上階だ。

[ 276/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -