55

 神野区に赴いた13号が家に戻ってきたのは、結局次の日の夜になってからだった。どうやら神野へ行ったそのままの足で、雄英に出勤したらしい。ぽかぽかと殴り掛かる名前を押し留めた13号は、「そう言えば名前はいつ家に帰る予定だい」と穏やかに尋ねた。
「お兄ちゃんのそういうとこ、ほんとどうかと思う」
「傷付くなあ」13号は笑いながら言った。「明後日からだったろ、家庭訪問」
「……へ?」
 ぱちくりと目を瞬かせる名前を見て、13号も小さく首を傾げた。


 あれよあれよという間に、名前は飛行機を乗り継ぎ、13号と共に実家へと帰っていた。家庭訪問という行事に、本人はおろかその兄は必要ないのではと思ったのだが、曰く自分も一度くらいは家に帰らなければならないからという事らしい。どうにも嫌な予感が拭えなかったが、数ヶ月ぶりに再会した両親を前に、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。

 各実家に郵送されたという書類には、雄英が全寮制になるということ、そしてそれに伴い、説明の為に教師が各家に赴くという、いわば家庭訪問についての記載がされていたそうだ。
 もっとも、一口に家庭訪問と言っても天下の雄英高校だけあって、生徒の出身地は日本全国に散らばっている為、その規模は桁違いだ。実際、名前の実家は九州の端の端にあるし、A組で言うと、確か口田は東北の出身だった筈だ。直接訪ねてくれるのであろう相澤に、名前は一握の申し訳の無さを感じていた。
 実家に帰ってから数日――インターホンが来客を知らせた。ちょうど手が離せないという母親の代わりに、玄関まで赴く。扉の外に立っていたのは、真夏にも関わらず黒いスーツを着込んだ、三十代前後の若い男だった。
 親御さん居る?と男に尋ねられ、瞬間的に首を振ったのは、何かのセールスだと思ったからであって、特に意味は無かった。名前の後ろから「ああ先輩、どうぞ上がってください」と13号が投げ掛けなかったら、もしかすると名前は彼をこのまま追い返していたかもしれない。
「えっ、あっ……相澤先生?」
「相澤だよ」
 不服そうにそう言ったのは、相澤消太その人だった。

 両親と13号、そして相澤が向かい合っているのは、聊か奇妙な光景だった。しかも、13号も相澤も、いつものコスチュームを着ていないから尚更だ。名前が一人居た堪れない気持ちに駆られている中、面談が始まった。
 相澤はまず、名前を含めた生徒に危害が及んでしまったことを謝罪した。敵の襲撃は、無意識の内に生まれていた油断が原因であり、自分達の不徳の致すところであると。それから、雄英高校が今夏より取り入れる予定の全寮制について説明した。
 兼ねてより検討されていたというそれは、生徒を常に講師――プロヒーローの目に届くところに置くことで、安全を図ろうということらしかった。もちろん、四月の一件が証明したように、雄英が必ずしも安全であるという保証はない。しかしながら爆豪個人が狙われた今、一般の住宅と雄英高校の敷地内とでどちらがより安全であるかは、火を見るより明らかだった。ちなみに、その爆豪は先日の神野の悪夢の最中、オールマイトと他数人のヒーローによって救け出されたらしい。
 ――全寮制を導入するといっても、当然強制ではない。もしも本人やその保護者が雄英への在学を希望しないのであれば、他校への推薦状を与えた上で転校の処置を取ることも可能だと、相澤は説明した。

 両親は困ったように顔を見合わせていたが、やがて二人揃って名前の方を向いた。
「私、まだ雄英に通っていたい」
 名前がそう口にすると、彼らは再び顔を見合わせた。しかしながら二人に反対しようという様子は見られず、一見すると何の問題もないように見受けられた。
 僕は反対ですと、13号が静かに口を開いたのはその時だった。


 ぎょっとして、名前は声の主の方を向いた。名前の隣に座る13号はいつもと変わらず穏やかで、特別変わりがないように思える。しかし、その目には確固たる意思が宿っているようだった。
「な……何言って……」名前がそう呟くように言うと、13号はちらりと横目で名前を見た。
「言葉の通りだよ。何度か言ったと思うけど、君はヒーローに向いてない」
 13号は静かにそう言った。「人助けをしたいと思うのは立派だと思うけど、それだけじゃヒーローは務まらないよ。“個性”もヒーロー向きじゃないしね」

 隣に座っている人間が何を言っているのか、名前は暫くの間理解できなかった。兄の考えていることが、さっぱり解らない。
「そん……」名前は一瞬、言葉に詰まった。「今言うことじゃ……」
「今だからだよ。雄英にしろどこにしろ、君がこれから怪我をしたり、もっと酷い事になったりしないとは限らない」
 僕は意地悪でこんな事を言っているんではないんだよと、13号は言った。
 お兄ちゃんだってヒーローしてるくせに、と、名前が悔し紛れにそう言うと、それとこれとは関係ないよと、13号は宥めるように言った。
「……お兄ちゃんのバカ! 応援するって言ったくせに!」
「応援するとは言ったけど、反対しないとは言ってないよ、僕は」

 名前、と名を呼ばれ、名前ははっとなった。いつの間にか、名前は一人立ち上がっていた。両親が此方を見ているだけならまだしも、相澤にまで興味深そうに見られていて居た堪れない。段々と顔が熱くなっていく。
「ご、ごめんなさい……」
「いいから」母親が静かに言った。「少し外に出てなさい」
 私達だけで相澤先生とお話するから、と続けた母親に、名前は焦った。ヒーローになる事を後押ししてくれた彼らだが、現職のヒーローから、しかも渦中の雄英高校講師である13号の反対を受け、考えを変えてしまったら? 部屋から追い出されてしまっては、弁解することも出来ない。13号のどこか澄ましたような顔も、今はひどく腹立たしい。

 渋々と立ち上がった名前だったが、その直後、「あなたもよ、央宙」という母親の声に、少しばかり驚いた。どうやらそれは13号も同じだったようで、かなり戸惑った顔をしている。13号は名前が部屋を出た後も、暫くの間食い下がっていたが、やがて言い負けたのかとぼとぼと部屋を出てきた。これで、兄妹ともども部屋を追い出されてしまった。
 戸が完全に閉まると、三人の話し声は薄ぼんやりとした聞こえなくなった。ドアに張り付いて耳を澄ませばもしかすると内容は多少理解できるかもしれないが、もはや、名前にはそこまでする気力がなかった。
 歩き出した名前に、13号は「名前、どこ行くんだい」と投げ掛ける。無視して行こうとしたものの、「名前」と聊か強い口調で言われ、仕方なく返事をした。「良いじゃんどこでも。もうお兄ちゃんなんて嫌い!」

 三度目の「名前!」には返事をせず、名前はそのまま家を出た。もっとも、別段どこへ行こうという気は無い。ただ、あのまま家に居る気にはどうしてもなれなかった。宛も無いままに、名前はふらふらと歩き出した。

[ 274/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -