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 事情聴取もそこそこに、名前達生徒は全員学校へ送り返された。当然、その場に居ない爆豪と、病院へ搬送された者以外に限られたが。13号に抱き締められながら、漸く名前は人心地つくことが出来た。罪悪感を感じつつも、結局自分は何もできやしないのだという思いの方が強かった。明くる朝、目が覚めた名前を出迎えたのは、端末から発せられるいくつかのメッセージ通知だった。
 簡潔に綴られていたそれは、どうやら切島が発端のようで、名前以外の何人かが既に返事していた。


 次の日、名前と、そして雄英高校一年A組の面々は、揃って病院を訪れていた――緑谷と八百万、そして葉隠と耳郎を見舞う為だ。
 先日も見舞いに来たのだという切島と轟の話では、八百万以外はまだ目が覚めていなかったらしいが、この日はちょうど、緑谷も意識を取り戻していた。訪れたのが16人であると知ると、緑谷は悔しそうに顔を歪めた。彼の目から溢れ出した涙が、二筋の跡を残す。「オールマイトがさ……言ってたんだ」
「手の届かない場所には救けに行けない……って。だから、手の届く範囲は必ず救け出すんだ……」
「僕は、手の届く場所にいた」緑谷は、ぐっと歯を食いしばった。「必ず救けなきゃいけなかった……!」
「僕の“個性”は、そのための“個性”なんだ」

 それからのやり取りは、名前はただ黙って見ている事しかできなかった。せいぜい、いきり立つ飯田を宥めようと、その背に呼び掛けたくらいだ。
 救けに行こう、と、切島は言った。
 彼と轟は、昨日病院に来た際、八百万がオールマイト達と話している場面に偶然出くわしたらしい。会敵した八百万は、その敵の背に発信機を取り付けたのだという。そして対となる受信機を創造することで、追跡が可能になるのだと。
 自分達で救けに行くことが正しいと信じ切っているわけではない。必ずしも発信機をつけた敵と爆豪が同じ場所に居るわけでもない。それでも、何かをせずにはいられないという気持ちは、名前にも痛いほどよく解った。

 タイミング良く医師が回診に訪れた為、名前達は気まずい雰囲気のまま、緑谷の病室を後にした。どこかホッと――そして、ホッとしていることに罪悪感すら覚え――していると、不意に肩に手を置かれ、名前はびくりと身を震わせた。手の主を見てみればそれは飯田で、名前は思わず「飯田くん」と呼び掛けようとしたものの、彼が「静かに」というジェスチャーをした為、そのまま口を噤んだ。
「穴黒くん、少し話せないだろうか」
 そう耳打ちする飯田に、少しばかり困惑する。他のクラスメイトは既に先へ行ってしまっているし、彼が今、わざわざ名前に話したいことがあるとは思えない。しかし結局、名前は小さく頷いた。


 遠ざかる足音を背に、名前は飯田を見上げた。どこか神妙な面持ちをしている彼は、ひどく言いあぐねている様子だったが、やがて言った。
「穴黒くんはどう思う?」

「……どう、って……爆豪くんのこと?」
 尋ね返した名前に、飯田は頷いた。
 彼が何を言いたいのか、名前には解らなかった。何故わざわざ名前に尋ねたのかも。しかしながら、真剣な表情の彼を前に、軽々しい答えはできなかった。
「爆豪くんは……心配、だけど」名前が言った。「私、皆に怪我して欲しくない」

 事実だった。名前の答えをどう受け止めたのか、飯田は小さく「そうか」と言っただけだった。
 爆豪の身の安全が保証されているわけではなかった。ヒーローが必ず救けてくれると、そう信じているわけでもなかった。規則を絶対に守らなければならないなどと、思っているわけでもなかった。
「私達が手出しして良いような事じゃないし、それに私も、私だけじゃない、皆いっぱい心配すると思う。けど、だって」
「切島くんにも、轟くんにも、緑谷くんにも」名前はそう口にしながら、どこか理解していた。目の前に立っている男の子が、何をしようとしているのかを。何がヒーローたらしめるのかを、名前は知ってしまっているのだ。「飯田くんにも、怪我して欲しくない」
 飯田は再度、「そうか」と言った。しかしながら、「けど……」と改めて彼を見上げると、彼はどこか意外そうな顔をした。
「飯田くんは、飯田くんが思うようにしたら、良いと思うよ」
「――そうか」
 飯田は、静かにそう言った。三度目の「そうか」だった。

 一瞬、二人の間に沈黙が訪れた。もはや級友達の足音は聞こえず、耳に届くのはカーテンが揺れる音や、器具が触れ合う音ばかりだった。
「あの、飯田くん」
「うん?」
 名前の意見を聞くことで、飯田も決心がついたのだろうか。先ほどよりもどこか落ち着いた表情になっている。「その……どうして私に聞いたの?」
「どうしてとはどういう意味だい?」
「えっと……その、別に私じゃなくても良いんじゃないかなって。ほら、尾白くんなら私より客観的に判断してくれると思うし、常闇くんならもっと冷静に考えてくれると思うし……」
 私なら同意すると思った?と、名前がそう尋ねると、飯田は慌てたように首を振った。
「勿論そんなんじゃないさ! ただ――ムム、しかし改めてそう言われてみると……何故だろうか……」
 ああでもないこうでもない、と、真剣に考え始めた飯田に、やがて名前も少しだけ笑った。それから二人は大急ぎで八百万達の病室へと向かった。遅れての到着になったものの、時間にしてみれば五分も経っておらず、誰も気に掛けなかったし、そもそも名前達が居ないことにも気が付いていなかったようだった。

 八百万と少し話し、未だ意識不明の耳郎と葉隠を見舞った後、名前達は解散した。医者の話では、B組の何人かは既に目を覚ましているというし、耳郎達もじきに目を覚ますだろうということだった。八百万達の快復を、そして爆豪の無事を祈りながら、名前達はそれぞれの帰路についた。
 そしてこの日、平和の象徴が死んだ。

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