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「敵の数が不明ならば戦力は少しでも多い方が!」
「戦えって、相澤先生も言ってたでしょ!」
 食って掛かる飯田と切島に、ブラドキングは険しい顔のまま首を振った。相澤の出した戦闘許可は自衛の為のものであり、安全に戻ってくる為の手段に過ぎないのだと。
 友達を救けに行くか、規則に従うか――恐々と彼らの様子を見守っていることしかできなかった名前は、ふとドアの窓に人影を見た。相澤が戻ってきたのだろう。切島達もそれに気付いたのか、直接訴えようと近付こうとする。「――待て違う!」


 扉が吹き飛んだ直後、間一髪のところでブラドキングが切島達を突き飛ばした。迫る炎は彼らを襲うことなく、徐々に収束していく。いったい何なんだよ、と、硬化した姿のまま、名前の前に立つ物間が苛立った様子で言った。
 焼け焦げたような匂いが立ち込める中、炎の奥から姿を現したのは、当然相澤ではなかった。
 若い男だった。顔中継ぎ接ぎだらけでよく解らないが、歳は二十代くらいだろうか。袖から突き出している腕も継ぎ接ぎで覆われていて、前髪の隙間から覗く目だけは緑色に光っていた。そしてその男が、右腕に炎を纏わせる。
 瞬間、ブラドキングが目にも留まらぬ速さで男を壁に縫い付けた。「こんなところにまで考え無しのガン攻めか」
「随分舐めてくれる」
 手の甲から流れ出る血液が、敵の男を縛り付けているようだった。ブラドキングの“個性”だ。不快そうに顔を歪めながらも男が腕を動かそうとしたので、慌てて名前も“個性”を発動させた。先と同じように炎を出そうとしたのだろう男の腕は、指の先まで壁に吸い寄せられる。
 名前としては拘束を手伝っているつもりだったのだが、ブラドキング本人は名前の方を一切振り返ることなく、「いいから穴黒も下がっていろ」と唸るように言うだけだった。その言葉に、敵の男はちらりと名前達の方を見たが、すぐに視線を外した。頬まで裂けた口が歪み、笑みを象る。「そりゃあ舐めるだろ」

 思った通りだと、男は笑った。「後手に回った時点で、おまえら負けてんだよ」
「ヒーロー育成の最高峰雄英と、平和の象徴オールマイト。ヒーロー社会においてもっとも信頼の高い二つが集まった。ここで信頼の揺らぐような案件が重なれば……その揺らぎは社会全体に蔓延すると思わないか?」



 戻ってきた相澤――保護した洸汰を一旦施設に預けにきたのだ――の助力もあり、敵はすぐに撃退することができた。もっとも、敵と言ってもどうやら何らかの“個性”で造られた偽者だったらしく、相澤の怒涛の追撃により、やがては物言わぬ液体となった。そして、相澤が再び施設を去ってから、小一時間が過ぎた。
「――梅雨ちゃん!」
 姿を見せた蛙吹に、名前はブラドキングの制止も聞かず駆け寄った。「名前ちゃん」そう呟くように言った蛙吹はどこか疲れているようだったが、特別大きな怪我は見当たらなかった。
「良かった、無事だったんだね。麗日さんも」
「ええ。名前ちゃん達も無事で良かったわ」
 苦しいわと背を叩かれ、仕方なく名前は身を離す。まだ全員戻ってきてないんだねという麗日の呟きに、名前は頷いた。そんな彼女の上腕は敵に切り付けられたのだろうか、袖部分が赤く変色しているし、よくよく見てみれば蛙吹の口元にも微かに血が滲んでいた。仕方の無いこととはいえ、自分達だけ安全な所に居て、傷一つ負っていないという状況はやるせなかった。
「うん、まだみんなは戻って来てないよ。緑谷くん達がまだだし――」蛙吹と麗日のみならず、その少し後ろに居た轟や常闇までもが一瞬悲痛な表情を浮かべたのを、名前は確かに目撃した。「――B組は何人か見付かってないみたいで」

「緑谷ちゃんは……」
 蛙吹がゆっくりと口を開き、名前達に説明した。大怪我を負った緑谷とそれから障子は、既に救急隊に保護されており、近くの病院に運ばれたという事。爆豪は一緒に居たものの、結局は敵に――敵連合を名乗る輩に、攫われてしまったのだという事。名前は否が応でも先の敵の男の言葉を思い出さないではいられなかった。――挙句に、生徒を犯罪集団に奪われる弱さ。
 脅かし役として潜んでいた為に、B組の生徒はA組よりも辺りに充満していたガスを多く吸ってしまったのかもしれず、倒れていて見付かりにくいのかもしれない、という轟の言葉を最後に、口を利く者は居なくなった。


 暫くして、名前達生徒にも警察から被害の状況が知らされた。蛙吹達が言った通り、爆豪が敵に攫われたという事。プッシーキャッツの一人であるラグドールが、近隣のヒーローや警察、山岳救助隊の必死の捜索にも関わらず、依然消息不明であるという事。耳郎と葉隠、そしてB組の生徒の過半数が、敵の毒ガスにより、現在も尚意識不明の重体であるという事。
 思い掛けない奇襲にも関わらず、プロヒーローの救けがままならない中で死者も出さずによくやった――と、そんな言葉を口にするものは誰一人として居なかった。

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