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 起こる筈のなかった、敵の襲撃。生徒達にも知らされていなかった合宿先で、何故敵が現れたのか。蛙吹や他のクラスメイト、B組の生徒達、プッシーキャッツは無事なのか。気味の悪い緊迫感だけが、名前達にそっとにじり寄っていた。
 施設からは何の音も聞こえず、本当に敵が現れたのかどうかすら解らなかった。むしろ、到底信じられなかった。しかしプロヒーローであるマンダレイがそんな嘘を言う筈もない。実際に自分達が襲撃されているわけではない今、できることは限られていた。「――物間くん!」

 唐突に名を呼ばれた物間は、不審そうに名前を見た。しかし、困惑しているのは彼だけではない。
「お、おい穴黒?」
 突然名前に手を引かれた切島もまた、困ったように名前を見ていた。しかし名前は彼の戸惑いを無視しながら、物間の手を掴んだ。当然、物間はぎょっとしたように目を見開く。
「いきなり何するんだよ気持ち悪い」
「いいから!」
 名前はそのまま物間の手に、切島の手を重ね合わせた――もっともその瞬間に何が起きるというわけでもないので、傍から見たら妙な図になっているだろう。
 あーなるほどと、そう言ったのは芦戸だった。「コピーか!」

 名前が手を放すと、物間は勢い良く手を振り払った――彼の“個性”はコピー、そして切島の“個性”は硬化、恐らく意図は伝わっているだろう。
「別に……そんな事しなくたって……」
 物間が言った。彼の声が普段より小さかった事に、名前は気が付かなかった。「いきなりごめんね。けど、怪我して欲しくないから」
 もうUSJの時のような思いをするのはうんざりだ。切島くんの“個性”なら頑丈だからと名前が笑ってみせると、物間は複雑そうな顔をした。
「そういう事なら」砂藤が言った。「俺らのもコピっとくか!」
「私のもしとく!?」
 我も我もと手を伸ばすA組の面々に、物間は若干引き気味で「いや、多過ぎても使いこなせないから……」と呟くように言った。


 相澤が部屋を後にしたその少し後、再びマンダレイからのテレパスが届いた。生徒達への、一時的“個性”使用許可。
「戦闘許可って……」名前が呟いた。
「自衛の為だろな。相澤先生のことだし――」
 不意に聞こえてきた足音に、名前達は全員口を閉ざした。ばたばたと駆けてくるような音だ。生徒達の間に緊張が走ったが、ブラドキングが静かにするようにと合図をし、それから戸口へと向かった。駆け込んできたのは数人の生徒だ。

 飯田と峰田、尾白と口田の四人だった。飯田くん、と小さく呟くと、その声が聞こえたのか飯田は名前に目を留めた。彼はどこかほっとしたような、そんな顔をした。
「君ら四人だけか。他の生徒は――」
 ブラドキングがそう尋ねようとした矢先、再度マンダレイからのテレパスが送られた。『敵の狙いの一つ判明――! 生徒の「かっちゃん」!』

 かっちゃん。その名で呼ばれる生徒を、少なくとも名前は一人しか知らなかった。
 爆豪へ戦闘を避けるよう言い含めた後、マンダレイからの通信はまたしてもふっつりと途絶えてしまった。ブラドキングに経緯を説明し終えたのだろう、飯田達四人が名前達の元へ駆け寄る。
「良かった、無事だったんだな穴黒くん」
「うん、私達のところは大丈夫」名前が言った。「飯田くん達も無事で良かった」
「他の奴らはどうしたんだ?」
 切島が尋ねると、飯田が口早に説明した。A組とB組とで先攻後攻に別れ、おどかし合戦をする事になったということ。先攻はB組となり、後攻のA組は二人ずつの組を作って順番にスタートしたということ。飯田達は後半の組で、まだスタート地点に居たので揃って戻ってこられたのだということ。スタート地点にはラグドールを除いたプッシーキャッツのメンバーがおり、彼女達が現れた敵を足止めしてくれているのだということ。

「それじゃ、他のみんなは……」
 芦戸がそう言うと、四人は表情を曇らせた。「すまない、他の皆の状況は解らないんだ」
「開始位置が施設に一番近かったから、相澤先生の他は誰にもすれ違わなかったんだよ」
 悔しそうに口にする飯田に、尾白が付け足す。
「つまり……B組はまったく詳細不明って事?」
 小さくそう尋ねる物間に、飯田達は申し訳なさそうに頷いた。青い顔で黙り込んだ物間を横目に、名前はブラドキングを見た。
 戸口に立つ彼は、黙って閉ざされた扉を眺めている。ヒーローとして、担任として、そして一人の人として、生徒の身を案じているに違いなかった。そんなブラドキングに切島達が詰め寄ったのは、そのすぐ後だ。

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