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「穴黒、後で絶対二人でスピードやろうね……!」
「あはは、うん……」
 べそべそと泣きながらそう口にする芦戸に、名前も苦笑しつつ答える。向かっているのは、一階の共同スペースだ。辿り着いてみると、そこは小さな会議室のような部屋で、ホワイトボードも備えられていた。雄英では久しく見なかったそれに、打ち合わせなんかに使っている部屋なのかもしれないなと小さく考える。
 部屋には既に名前達の担任である相澤と、それから大柄な男性が立っていた。男は頬に十字の傷があり、血のような赤いコスチュームを身に纏っている。その背中には脊柱を模したかのような金属部品がついていて、そこから長いチューブが左腕に伸びていた。B組の担任、ブラドキングだ。
 ブラドキングは名前達に目を留めると、「オウ一番乗りだな」と微かに笑ってみせた。
「こんばんはー」
 そう挨拶をする芦戸の後ろで、名前も小さく頭を下げる。
 この場にブラドキングが居ることが何となく意外だったものの、B組にも赤点を取った生徒は居るということだったし、単純にA組とB組、合同で補習授業が行われるということなのだろうと合点した。暫くすると、A組の男子陣が続々と姿を現した。当然、B組唯一の補習者も。「あれえおっかしいなあ!」
「優秀なハズのA組から赤点が6人も? B組は一人だけだったのに?」

 おっかしいなあ、と、嬉々とした様子でそう言ったのは、B組の物間だった。
 体育祭での言動と言い、食堂でのやりとりと言い、何となく彼の人柄が見えてきたなあと思いながら、ふと、彼が実技で赤点だったのか、それとも座学で赤点を取ってしまったのか気になった。もし後者であれば――名前だったら、少し恥ずかしくなってしまうかもしれない。
 あからさまに煽ってくる彼に、クラスメイト達は聊か気を悪くしたようだった。実際、全体の人数がそう変わらないのに、名前達A組だけ補習者が多いのは紛う事ない事実なので、言い返すことすらできない。それでも明らかに顔を顰めた芦戸に、名前はまあまあと声を掛けた(ちなみに、物間にはブラドキングから容赦の無い拳が降り注いだ)。


 補習授業は座学を中心に行われるらしかった。念の為と体操服で来た名前達だったが、必要なかったのかもしれない。大半が実技試験で不合格となった為か、相澤はまず“個性”のあり方、それからその“個性”を生かした戦闘について説明し始めた。
「君らも薄々感じてると思うが、“個性”の系統によって、戦闘方法は凡そ大別できる。例えば異形型と呼ばれるような“個性”の連中は、近接戦闘が得意だったりな」
 相澤の言葉に、名前はフォースカインドを思い浮かべた。確かに、彼が得意としているのは近接戦闘だ。
 偶然にも、君ら全員発動型だから、それメインで進めてくが――相澤は言葉を続けた。「発動型“個性”のメリットの一つは、得意不得意がはっきり解ることだ」
「得意は解るんですけど……不得意なとこもですか?」
 芦戸が尋ねると、相澤は小さく頷く。代わりに話し始めたのはブラドキングだ。「一口にヒーローっつっても、蓋開けてみりゃきっちり分業されてる。例えば俺は前線で戦うよりは“個性”で拘束役に徹する場の方が多いし、イレイザーなんかは抹消からの不意打ちが常套手段だ」
「もちろん、必ずしも“個性”如何ってわけではないがね」
 つまり、と前の席に座る上鳴が小さく言った。「苦手な事は他に任せて、自分の得意を伸ばそうって事すか?」
 相澤は暫く上鳴を眺めていたが、やがて「まあ半分はな」と小さく言った。

「究極的に言えば、そうだ。だが問題はそこじゃない」相澤が言った。「ヒーローと敵の違いはなんだと思う?」
「悪事を働く者とそれを捕らえる者、色々と言い様はあるだろうし思うところもあるだろう。俺としては、一番の違いはメディアに守られているかどうかだと思う」
 ヒーローが公務員に分類されるってことは解るよな、と、相澤は静かに言葉を続けた。「“敵”なんて言い方しちゃいるが、敵も国民だ。当然、人権は守られて然るべきだし、俺だってそれに異論は無い。よっぽど危険思想の持ち主か、もしくは指名手配されてたりしない限り、敵の素性ってのは報道されないもんだ」
「それに引き換え、ヒーローの活動は基本的に表沙汰にされる。一昔前でいう個人情報までは流石に割れることはないが、それでもヒーローの場合、“個性”や、戦闘スタイルなんかは、否が応にも知らされる」
 俺はなるべくメディアに出ないようにしてるが、それでも君らの何人かは俺のことを知ってたろう、と、相澤は言った。
「つまり、ヒーローってのは自分の得意を全てを明らかにした上で、未知の敵に挑まなきゃならない」

 しんと静まり返った部屋の中、相澤――イレイザーヘッドは静かに言った。「覚えとけよ。俺達ヒーローに求められるのは、単純に腕っ節だけじゃないってことだ」
 不意に相澤に視線を向けられ、名前は何となく背筋を正す。相澤は名前と、そして芦戸と上鳴を見た。
「期末の実技試験、お前らだけ三人一組だったのは、まあ単に人数の関係ではあったんだが、それでも、ある程度調整されてたって事は解るだろ。教師の中で一番“個性”が割れてないのが校長だろうと判断したから――君らとは世代が大分違うしな――唯一の三人組に当てたんだ」
 期末の実技試験の後、感想戦の終わりに、根津はこっそりと言った。私の“個性”はハイスペックと呼ばれているものだと。名前達の誰一人として、“人間以上の知能”などという“個性”を彼が持っていることも知らなかったし、ひいてはそんな“個性”が存在するだなんて考えもしなかった。
 一番実戦に近い形式だったんだよと、相澤は言った。「良いか、どんな事でもちゃんと考えろよ。ただ学んでいられる時間は今しかねえんだぞ」



 日付が変わっても続行された補習は、深夜二時に差しかかろうという頃に漸く終わりを迎えた。最初はやる気充分で臨んでいた切島達も、あれほど嫌味を連発していた物間も、部屋を出る時は揃ってぐったりとしていた。もっとも、名前達もそれは同じだ。皆一様に口を閉ざしたまま、手を振って別れを告げる。
 草木も眠る丑三つ刻、部屋に辿り着いた名前と芦戸は、出来る限り静かに部屋の戸を開けた。当然、友人達は皆寝入っていると考えたからだ。襖から光が漏れていたが、灯りを消し忘れたのだろうとしか思わなかった。
 そろそろと襖を引いた名前を、くりくりとした黒い目が出迎える。「お帰りなさい、名前ちゃん」

 三奈ちゃんも、と付け足した蛙吹の声に、他の四人も口々に「おかえり」と言った。彼女達は皆、幾枚かのトランプを手にしていた。
「みんな起きてたんだ……」
 芦戸の小さな声は、名前の気持ちをも代弁していた。寝ているとばかり思っていた級友達は、眠そうにしてはいるものの、全員が起きていたらしかった。やっぱり初めては皆さんとしたいですからと、照れたように微笑んだ八百万に、名前は訳も無く涙ぐんでしまいそうになる。
 名前達はそれから一度だけUNOをして、瞬く間に眠りに落ちていった。

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