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 次の日の早朝、名前達は眠気と戦いながら、施設横の空き地に集まっていた。欠伸を噛み殺している名前に、眠そうだね、と、声を掛けたのは青山だ。
「うん……」名前が言った。もっとも、彼の髪が普段と違い、セットされていなかった事には突っ込まなかった。「青山くんは平気そうだね」
「ヒーローたるもの、いつでも美しくいなきゃいけないからね☆」
 なるほどと頷いていると、会話が聞こえたのだろう名前達のすぐ前に立っていた常闇が振り返り、「まあその寝癖は直した方が良いだろうな」と薄く笑った。からかいの混ざったその言葉に名前は少々驚いたものの、慌てて手櫛で髪を整えた(ちなみに、青山も同様だ)。そうこうしている内に、名前達1年A組の前に相澤が現れた。
 相澤は林間合宿の主目的を説明した後、一番前に立っていた爆豪に何かを投げた。見覚えのある球体だ。「これ……体力テストの……」

 ソフトボール大のそれを、名前達は以前にも見たことがあった。放たれた地点から落下場所までの距離を自動計算する、体力測定用のボールだ。名前達は雄英に入学した日に、それを目にしていた――もしかすると、相澤が爆豪に渡したのも、偶然ではなかったのかもしれなかった。
 相澤の指示に従い、爆豪は“個性”で球威に爆風を乗せ、勢い良くボールを投げ飛ばした。くたばれ、という物騒な掛け声と共に。
 ――個性把握テストの時も、最初に投げたのは爆豪だった。しかしながら、数ヶ月の研鑽があったにも関わらず、飛距離は四月当初とさほど変わっていなかった。「約三か月間、様々な経験を経て、確かに君らは成長している」
 相澤は言った。その成長はあくまで精神面や技術面が主だったと。“個性”自体はそこまで成長はしてはいないのだと。「だから、今日から君らの“個性”を伸ばす」


 くれぐれも死なないように――そんな不穏な言葉と共に、“個性”伸ばしの訓練は始まった。『アナクロキティ、重し弱まってるよ』
 頭の中に直接響くマンダレイの声に、名前はやっとの事で返事をした。ずっと発動させっぱなしではあったのだが、確かに腕の痛みのせいにして、重力による負荷が軽くなっていたかもしれない。改めて力を込めると、地球の倍ほどの重力が加算された緑谷達の顔が僅かに曇った。

 名前の“個性”は、所謂発動型だ。幼い頃からうっかり潰さないよう心掛けていたおかげで、ゼロか百かの出力コントロールは殆ど問題がなかった。しかし素手で触れておらず、尚且つ発動対象が複数あると、途端にそのコントロールすら覚束なくなってしまう。また、長時間使うと腕が痛んでくることもあって、持続性そのものも大きな問題だった。
 そこで名前に与えられた課題は、複数の対象に、尚且つ均等に重力を加算し続ける事。
 実に単純なものだったが、これがなかなか曲者だ。直接触っていないものへの加圧はまだまだ慣れないし、対象が三つ――緑谷と、B組の回原と宍田だ。重力で彼ら自身に負荷を掛けることで、単純な増強型である彼らの筋トレも同時に行ってしまおうという、合理的訓練だった――あることで勝手が違うのか、いつもよりも腕の痛みが酷かった。また、もしもコントロールを誤れば、緑谷達に大怪我をさせてしまう事になる為、ずっと集中していなければならないのもキツい。
「うーん、私も発動系ではあるけど、ちょっと系統が違うからなあ」
 この数時間で聞き慣れた声に、名前は顔を上げた。いつの間にか、マンダレイ本人が名前のすぐ脇に立っていた。手を顎の近くへ寄せている。「君は調整自体は問題ないんだよね。土魔獣も一瞬で壊してたし。すると、やっぱり力の分散が問題なのかな」
「はい、その、沢山あると難しくて……」名前が言った。「マンダレイさんも、沢山の人が相手だと、難しかったりするんですか?」
「私?」質問されると思っていなかったのか、マンダレイは少しばかり意外そうな顔をした。彼女の返事が一瞬遅れたのは、恐らく、今この間にも他の生徒にテレパスを送っているからなのだろう。
「――そうだね。沢山の人に伝えようとするのは難しいし、範囲が広いほど厄介かな」
 私は雄英ではなかったけど、と口にした上で、マンダレイは言った。こういう訓練はやった覚えがあるよ、と。「私の“個性”で敵を捕まえたり、瓦礫を退かしたりすることはできない。どうやってもね。でも被災者を励ましたり、遭難者にアドバイスを送ったりすることはできる」

 自分に何ができるのか、どんなヒーローになりたいのかをしっかり意識することは大事だよと、マンダレイは言った。そしてそのまま「もう一人入ってもらおっか!」とにっこりするので、名前は慌てて首を振る。
「我的には下半身が遊んでる事の方が気になるがな」
 にゅっと首を出したのは、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの黒一点だ。虎の言葉に、マンダレイが頷く。「それじゃあスクワットしながらやろっか!」
「む、無理です……!」名前は青くなった。
「無理を蹴っ飛ばす奴をヒーローって言うんだよ」
 虎はそう言ってにっと笑ったらしかった(メイクも相俟って、彼の表情は読みづらかった)が、名前はますます首を振る。しかし結局、尾白と切島、そして鉄哲の三人が新たに加わり、名前はその日酷い筋肉痛を拵える結果となった。



 夕食の後、入浴の時間となり(峰田の一件があってか、男女の入浴時はずらされたようだった)、その後名前達1年A組の女子は部屋に集まっていた。
「あの、芦戸さん、私達そろそろ行かないと……」
 和気藹々とトランプやらUNOやらを取り出す面々を見ながらも名前がそう切り出すと、芦戸はかなり残念そうにしていた。22時から就寝時間が設けられていたが、名前達には補習が待っていたのだ。
「くっ……忘れかけていたのに! 忘却のかなただったのにィ!」
「だ、だめだよ忘れちゃ……」
 渋々と立ち上がった芦戸の手を引くように、名前は歩き出した。そんな二人の背に、八百万が投げ掛ける。「芦戸さん、穴黒さん、安心してください!」

 振り返った先の八百万は、どこか普段より顔を輝かせていた。「お二人の分も、私達がきっちりと楽しんでおきますわ! UNOも、トランプも!」
「あー、そういや百、UNOやったことないって言ってたもんね」
「ええ!」
 そうなんですの、と、にこにこ笑う八百万は、既に準備万端といった様子だった。既製品らしいトランプを手にしている。そして、そんな興奮を隠し切れない八百万の頭を、耳郎が小さく撫でる。
「五人も居たら色々楽しいよね! 大富豪とか!」
「えっ、ど貧民と違うの?」
「うちは大富豪だったわお茶子ちゃん。でも……そうね、やるならルールを明確にしておいた方がいいかしら」
 ローカルルールで盛り上がり始めた面々に、名前も芦戸も言いようのない悔しさを感じないではいられなかった。

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