45

 一年の前期が終わり、夏休みが訪れた。八月の某日、名前達ヒーロー科の一年生は学校のバス乗り場に集まっていた。敵の出現を考慮し、行き先が変更されたと知らされたのは、つい先日の話だった。ついでに、安全の為、名前達には変更となった場所も知らされていない。B組の男子生徒、物間寧人に盛大に煽られながらも(名前の暗い顔を見てだろう、骨抜がこっそり俺らにも赤点居るからと教えてくれた)、名前達はクラス毎にバスに乗り込んだ。
「一時間後に一回止まる。その後は暫く……――」
 渋い顔で黙り込んだ相澤に、名前は「その後は……?」と小さく尋ねた。窓側に座っていたこともあり、後ろの様子はいまいち解らなかったが、バス内の喧騒は名前の耳にも届いていた。相澤が隣に座りさえしなければ、名前だってポッキーを食べたり、しりとりに参加したりしたかった。
 しかしながら相澤は首を横に振るだけで、「一時間経ったら起こせ」と言って、さっさと寝てしまった。

 一時間後、名前達は道路脇の休憩所のような所で下ろされた。遠くの山々まで見渡すことができ、どうやらだいぶ高い所まで上ってきたらしい。もっともパーキングエリアではなく、ベンチやトイレなどもない、本当に一時休ませる為だけに設けられているような小さな広場だ。他にも休んでいる人が居るのか、一台の乗用車が止まっている。
 いつの間にかB組が乗っている筈のバスが消えていて、名前は内心で首を傾げた。確かに、別段気を付けて見ていたわけではないが、殆ど高速道路に沿って進んでいたのだから、そう差が出ることもない筈なのだが。蛙吹と二人、顔を見合わせた時、その場に聞き慣れない声が響き渡った。「よーう、イレイザー!」
 突然の登場に、名前達は呆気に取られながら彼女達の口上を聞いていた――ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、今の時代では珍しい、四人一組で活動しているプロヒーローだ。もっともこの場には、ピクシーボブとマンダレイしか居なかった。代わりに、小学校に上がる前だろうか、小さな男の子が一緒だ。
 相澤とのやり取りを見るに、どうやら合宿は彼女達の元で行われるらしかった。山岳での救助を得意としたプッシーキャッツ、だからこその林間合宿なのだろう。

 しかしながら、彼女達のファンである名前が、生のワイプシに感動している暇は少しも与えられなかった。
 マンダレイが「宿泊施設はあの山のふもとね」とにこやかに言い切った時から、嫌な予感はしていたのだ。その場から逃げる間もなく、名前達は皆、突如として盛り上がった地面にそのまま押し流された。



 ぶはっと顔を上げた名前に、「大丈夫?」と声を掛けたのは尾白だった。地面に足が付いたと思ったら、腹周りにあった圧迫感が消えていく。どうやら名前が地面との顔面衝突免れたのは、彼が咄嗟にその尾で支えてくれたかららしい。ありがとうと名前が言うと、気にするなとでも言うように、尾白は小さく首を振った。

 三時間――それが、名前達に与えられた猶予だった。しかしながら、慣れない山道や間髪入れず土魔獣(どうやらピクシーボブの“個性”の産物らしい)襲い掛かってくるため、太陽が頭上を照らしても、そしてそのまま通り過ぎていっても、宿泊施設らしき建物は一向に現れなかった。
 “個性”を自由に使って良いにも関わらず名前達の歩みが遅いのは、単純に自然環境下で優位に立ちまわれる“個性”持ちが少ないこともあるが、それ以上に、単純に名前達がこうした場所に不慣れだからなのだろう。
 ヒーローとしての素地を形成する為なのか、前期のヒーロー科学科では、筋トレや、模擬格闘を扱う授業の割合が圧倒的に高かった。また救助訓練においても、避難器具の使い方や、緊急時の対処法を学習する授業の方が多く設けられていた――つまり、こうした自然環境内での訓練はあまり行われていなかったのだ。
 もっともいくら雄英とはいえ、実際の森林や沼地などを維持するにはかなりの手間も暇も掛かる筈で、そうした運動場が数種類しかなかったことも、名前達が野外での探索に慣れていない理由の一つに挙げられるだろう。自然環境下だと、講師の目が届きにくくなることも一因か。

 魔獣を蹴散らしながら先頭を走る爆豪達、彼らが倒し損ねた土魔獣を押し潰す役として後方を走っていた名前だったが、通り過ぎた場所からも容赦なく魔獣は湧き上がるので、腕のズキズキはほぼほぼピークに達していた。おまけに空腹で頭も回らない。「八百万さん、何かこう、乗り物作ってくれないかな……飛行機みたいな……」
「……穴黒が操縦できんなら、頼んでやっても良いけどな」
 名前の呟きをばっさりと切り捨てたのは、隣を走る瀬呂だった。遠距離支援を主とした彼ももはや限界が近いのか、見るからに具合が悪そうだ。
 名前や麗日、青山のように、“個性”を発動することで身体に負荷が掛かるのも辛いところがあるが、彼や八百万のように能力の発動が体内の物質に依存する“個性”もなかなか困り者だ。ちなみに、流石の八百万も21人を一度に移動させられるようなものはまだ作れないし、そもそもにしてカロリーが足りないせいでさほど大きなものは創造できないらしい。結局、1年A組が宿泊所――プッシーキャッツのマタタビ荘へ辿り着いたのは、17時を回った頃だった。マンダレイ達が見積もった時間よりも、倍以上掛かっている。
「やーっと来たにゃん」そう言って、ピクシーボブは笑った。

[ 264/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -