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「お買い物?」
 蛙吹が口元に指をやり、小首を傾げた。
「透ちゃんとってこと?」
「ううん、A組全員で!」葉隠は笑ったらしかった。「一部欠席だけど」
「みんなでって言うと……」名前が言った。
「あっちで話してたんだけどさ、結構みんな要るものあるし、じゃあ一緒に行こうよーって」
 名前と蛙吹は顔を見合わせた。
「もちろん行くわ。いつになる予定なの?」
 蛙吹が言った横で、名前も頷く。
「明日休みだしいいかなって。じゃ、二人とも参加ね! 場所は木椰のWOOKIEES!」
 他の子にも声掛けてくるからまたね、と、葉隠は風のように去っていった。どちらともなく、名前と蛙吹は再び顔を見合わせる。
「透ちゃん、案外こういうの好きよね」
「だね」


 日曜日、名前達は爆豪と轟を抜いたほぼクラス全員で、木椰区のWOOKIEESを訪れていた。衣料品に始まり、生活雑貨や家具類、フードコートも充実した大型ショッピングモールだ。名前は以前に一度、蛙吹と共に訪れたことがあった。しかし記憶にある光景よりも親子連れが多く見受けられたのは、恐らく夏休みが始まっているからだろう。
「“個性”の差による多様な形態をカバーするだけじゃないんだよね、ティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインが集まっているからこの集客力が――」
 いつもの調子でブツブツ言い始めた緑谷に、幼児が怖がるからと静止をかけたのは常闇だ。名前達は慣れ切っていたが、子供から見ると、彼が一心不乱に呟いている様は確かに不気味に映るかもしれない。名前は苦笑しつつ彼らの様子を見ていたが、不意に常闇と目が合った。しかしながら、次の瞬間にはあからさまに視線を逸らされてしまった。――一ヶ月前のヒーロー基礎学以来、名前は常闇と話していなかった。

 名前がどことなく寂しさを感じている間に、どうやらそれぞれの目的に分かれて行動しようという事になったらしかった。耳郎達はキャリーバッグを、上鳴達はそれぞれの靴を買いに、と、同級生達がそれぞれグループを作り、方々へ散っていく。
 名前ちゃんはどうする、と、蛙吹が尋ねた。
「うーん、私は歯ブラシとか欲しいかなって」
「ああ……そうね、私もあまり旅行用のものは持ってないわ」
 一緒に行きましょと微かに笑う蛙吹に、名前は頷いた。「峰田ちゃんも一緒に行きましょ」
 蛙吹の言葉に、名前は峰田の方を向いた。その小柄な背がぎくりと震えるのを、名前は目撃した。どうやら一人で買い物に行こうとしていたようだった。振り返った峰田の顔には、気まずさがありありと浮かんでいる。
「な、何だよォもしかしてオイラと一緒に買い物した――」
「峰田ちゃん絶対変なもの買う気でしょ。誰かと一緒じゃなきゃ駄目よ」
 地団太を踏む峰田と、けろりとしている蛙吹。そんな彼らを見て、名前は再び苦笑した。

 その後、同じく旅行用の小物が足りないという障子を加え、名前達は四人で買い物に行くことになった。偶然にも、体育祭で同じチームになった者同士だ。峰田も最初は不本意そうにしていたが、あれが良いこれが良い等と言い合っている内に、段々と乗り気になってきたらしい。
「ね、峰田くん、どっちが可愛いかな」
 名前は二種類の歯ブラシを手にそう尋ねた。しかしながら、背後に居るだろうと思っていた峰田の姿は無く、いつの間にか蛙吹と障子も消えていた。もっとも、彼らの姿が消えたというよりは、名前がはぐれてしまったとする方が近いのかもしれない。まあ集合時間にはまだ大分あるし、最悪携帯で連絡を取ればいいだろう。

 そんな事を考えていると、「私はそちらのグリーンの方がいいと思いますよ」と、後ろから声を掛けられた。
 聞き慣れないその声に、名前は振り返ろうとしたものの、背後から腕を掴まれ、身動きが取ることができなくなってしまった。強い力だった。名前の右腕を掴んだ手から、ゆらゆらと黒い靄が立ち昇っていく。
「こんにちは」ひどく穏やかな声で、黒霧が言った。「お時間、少々よろしいでしょうか?」

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