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 三人を連れ、スタート位置に戻った根津は、残念だったねと名前達に声を掛けた後、「さあ感想戦だよ」と朗らかに笑った。
 備え付けのモニターに、先程までの試験の様子が映される。設置された定点カメラには、きちんと名前達の様子が収められていた。試験の前半、逃げ惑うばかりの自分達に、情けなさと羞恥心が沸き起こっていく。
「この試験の概要は解ってるね。君達の目的は敵を掻い潜り脱出するか、敵を捕縛すること。敵の思うままに逃げるだけ、なんて、あまり褒められたものじゃないよ。個性にかまけた単純行動だけじゃダメだ」
「ああけど、これは良かったね」根津はそう言って、リモコンの停止ボタンを押した。それから分割されていた画面の内の、一つを拡大する。どうやら遠方から撮ったカメラのようで、画面の中央に、小さく稲光のようなものが見えていた。上鳴の放電だ。
「君らの逃走ルートは解っていたけれど、僕はこれを見て、上鳴くん、ひいては君達の位置を再確認した。想定していた位置よりも少しずれていたなとか、そんな事を思いながらね。当然僕は、軌道に修正を加えようとする。君達三人共が、あの電撃の下に居るという前提の上でだ」

 あれは僕が君らの位置を把握していると、そう解った上での陽動だったんだろ。根津がそう口にすると、視線を向けられた上鳴は「……っす」と首を縦に振った。
「伏兵が来ると考えていなかったわけではないけれど、それでも上鳴くんを意識せざるを得なかった。良い策だったよ。注意を分散させることは重要だ」
 根津は録画映像を再生させ、言葉を続けた。「穴黒さんと芦戸さんが僕のところまで来られたのは、当然芦戸さんの“個性”で通り道を作ったからだろうね」
「音も無く障害を取り除ける良い“個性”だ。敵退治だけじゃない、救助活動にも応用できる。もちろん、崩れやすくなっている場所を無理やり溶かそうとするからには、かなり慎重にならなければいけないけどね。ちゃんと考えて“個性”を使うんだよ」
 名前の横で、芦戸が小さく頷いた。

「ところで聞きたかったんだけど、上鳴くんの放電で注意を逸らすのは良いとして、どうして僕に向かってきたんだい。上鳴くんの“個性”はこんな拓けた場所では位置探知も難しいと思うんだけど」
 根津の言葉に名前は瞠目した。それから芦戸と上鳴と、それぞれ顔を見合わせる。
「ええと……先生を見付けたのは、その、偶然なんですけど……放っておいたら、もっと被害が大きくなると思ったので……」
 代表して名前がそう口にすると、暫くの間、根津は黙って名前を見詰めていた。異形型の為表情は読み辛かったが、口を開いた彼の声音から、どうやら怒っているわけではないらしい。「……なるほどね」
「僕の説明が足りなかったのかもしれないけど、君達は条件達成だけ考えていれば良かったんだよ。もちろんヒーローとしては大事なことだけどね」
 根津の言葉に、名前は恥ずかしくなった。元々はゴール地点を目指していたのだが、根津の姿を見てしまい、気付けば彼を捕まえる方向になっていた。残り時間の少なさや、一人残された上鳴を心配した上での判断だったが、試験の合格を考えるなら、そのままゴールへ向かう方が正しかったのだ。しょんぼりと俯く名前と芦戸を黙って見ていた根津が何を思ったのかは、彼のみぞ知るところだった。
 その後、名前は対峙した際の一瞬の躊躇を指摘され、こうして名前達の期末試験は終わりを迎えた。


 明くる日の土曜、自然と名前達は集まっていた。名前と芦戸と上鳴、それから切島と砂藤だ。五人は皆、実技試験でクリア条件を達成することができなかった――つまり赤点だ。
 一ヶ月前、相澤は言った。期末テストで合格点に満たなかった生徒は、夏休みの林間合宿に参加できなくなる上、学校での補習地獄が待っていると。「皆……土産話っひぐ、楽しみに……うう、してるっ……がら!」
 涙混じりにそう言ったのは芦戸だった。名前もつられて泣きそうになってしまう。緑谷が焦ったように「どんでん返しがあるかも」とフォローを入れたが――結局のところ、全ては杞憂だった。
「残念ながら赤点が出た。したがって……」やってきた相澤は、そう口にしてからにっと笑った。「林間合宿は全員行きます」
「どんでんがえしだあ!」

 合宿行きの取り消しは、生徒のやる気を煽る為の合理的虚偽だと笑った相澤は、名前にテスト結果の一覧を返しながら、頑張ったじゃねえかと微かに笑った。驚いて点数表を見てみれば、ビリ脱却は叶わなかったものの、中間テストの時よりずっと良い点数ばかりだった。
「ばっ、爆豪くん……!」
 ショートホームルームの後、勢い良くやってきた名前に、爆豪は驚いたように目を見開いた。名前も名前で、彼の機嫌の悪さが最高潮に達していることに、少しも気付かなかった。普段の名前であれば、こんな爆豪に声を掛けたりはしなかっただろう。名前は駆け寄った勢いのまま、爆豪の手を取った。
「ありがとう、ありがとう爆豪くん……! 私、雄英来てからこんなに良い点数取ったの初めてだよ! 全部爆豪くんのおかげだよ、本当にありがとう!」
 ぶんぶんと手を上下させながら、名前は何度も礼を言った。呆気に取られていたらしい爆豪も、やがて「そうかよ」と小さく口にする。しかしながら、彼は未だ名前が手にしていた点数表を見るなり表情を変えた。
 この感動をもたらしてくれた爆豪に伝えたいと思うばかり、ゆらりと立ち上がった爆豪に、名前は少しも気が付かなかった。爆豪のすぐ後ろに座っていた緑谷だけが、そんな二人の様子を恐々と見守っている。

「……オイ」
 えっ、と名前は聞き返そうとしたが、間髪入れず爆豪が名前の顔面を掴んだ為、何を言う事もできなかった。
 ぎりぎりと音がしそうな程強い力で握られる。「てめェ……この俺があんだけ教えてやったのにその点数とか、随分良い度胸してんじゃねえか」

 彼の掌がどことなく湿っているのが単なる手汗ではなく、彼の“個性”である爆発物だと気が付いた名前は、普段の爆豪の授業態度を思い出して愕然とした。しかしながら、爆豪は特に“個性”を発動させることもなく、あっさりと名前から手を離した。もっとも彼の形相からして、緑谷や耳郎が止めてくれなければ、本当に名前の顔を吹き飛ばしていたかもしれない。
「ご、ごめんなさ……」
「次は覚悟しろよクソ女」
 思わず謝った名前に、吐き捨てるように口にする爆豪。その言葉がどういう意味なのか尋ねたかったが、爆豪が名前から興味を失ったように席に着いたことと、一時間目の担当教諭が姿を見せたことで、聞く機会を逃してしまった。

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