41

「でえええええ!」近付きつつある崩落の音に、名前達は無我夢中で走っていた。
 名前も上鳴も芦戸も、根津の“個性”を知らなかった。しかし次々と崩れていく工業施設は、まず間違いなく彼の仕業だろう。――いくらリカバリーガールが控えているからとはいえ、こんな無茶な試験があっていいのだろうか。それと同時に、彼が本気で名前達を殺すつもりなのではとすら思えてしまう。
 仮想敵を相手にした戦闘訓練は、ヒーロー基礎学の中でこれまでにも何度か行われていた。行動不能にさせたり、見付からないよう潜伏したり。しかしながら、プロヒーローを仮想敵として戦ったことは一度も無い。今までに感じたことのない圧迫感を、名前達はその身に受けていた。
「上鳴、放電で何とかできない!?」
 芦戸が焦ったように尋ねたが、上鳴は「無茶言うな!」と返した。「どこに居るかわかんねーのに無駄打ちできねーよ!」
 足手まといが欲しいのか――そう上鳴が叫び返した時、再び大きな地鳴りがし始めた。崩落音は着実に三人に近付いてきている。名前達は特に合図することもなく一斉に走り出した。その直後、先程まで居た場所のそのちょうど真上から、大きなパイプが大きな音を立てて落ちていく。倒けつ転びつ、名前達は懸命に走った。

 あんなにピンポイントに狙われるなんて、校長先生は探索系の“個性”なのかな。
 走りながらそんな事を考えたものの、名前はすぐに頭を振った。根津が名前達の位置を把握しているのは、当然、名前達がスタート位置からずっと彼に追われ続けているからだ。時折大々的に改築が行われることもあるらしいが、基本的に運動場のマップは変わらない。もちろん校長であれば、そういった区域の変更は全て把握している筈だ。――つまり、根津には名前達がどこにいるかのみならず、どのルートで逃走するのかまで、全て解っているのだ。
 スタート位置も決まっていれば、名前達が目指す位置も決まっている。
 息つく間もなく崩落に襲われ、根津の現在位置も解らない名前達は、当然一番逃げやすいルートを選択してしまう。例え、脱出ゲートと別の方向へ向かっていると、そう気が付いたとしてもだ。
「上鳴くん……!」走りながら、名前が叫んだ。振り返った上鳴の顔には、焦燥がありありと浮かんでいる。「電撃、どのくらいできるかな……!」


 数回目の雷光に、根津は僅かに目を細めた。もっとも雷の光が眩しかったわけではなく、やはりそうなったかと、そう思ってしまったからだ。
 時折届く光は、まず間違いなく上鳴電気の“個性”だろう。彼は自身の体に纏わせた電気を、体外に放出することもできた筈だ。もっとも、体育祭で見せたような、力任せな放電ではないらしい。恐らく落ちてきた瓦礫を弾く為のものだろうが、根津の位置からでもその電撃の光は微かに見えていた。
 期末考査を行うにあたり、根津は改めて生徒それぞれの授業成績や、“個性”を確認した。優秀な“個性”を持つが故にそれに頼りきりになってしまう上鳴電気、なまじ身体能力が高いせいか考えるより先に行動する癖がついている芦戸三奈、そして“個性”を使うこと自体に聊か気後れしてしまう穴黒名前。
 人体に直接的なダメージを与えられる彼らの“個性”は、対人戦では特に優位に立てるだろう。そして反対に、こうして広範囲に渡るフィールドでの遠距離戦は不得手としている筈だ。
 敵役としての根津の目的は、自分がヒーローに捕まらず、尚且つヒーロー達をグラウンドから脱出させないという現状維持。上鳴達の前に姿を現す気はさらさらなかったし、策敵に不向きな“個性”を持った彼らが、追い詰められた末、力技で押し切ろうとするのは目に見えていた。

 上限を超えないように電撃を調節していることは、かろうじて及第点だろうか。
 こうして敵である根津に位置を知らせることになるし、彼の場合“個性”の容量超過の反動が大きいので、ああして無為に放電することは決して得策ではないわけだが、自身の“個性”の使用上限を知った上で超えないよう行動しているのであれば、ある程度は評価できる。救けに来ておいて、“個性”が使えないのでは意味がない。
 アナウンスによれば、未だクリアしていないのは、根津が相手をしている上鳴達を含めて三組。残り時間も僅かで、このままでは条件達成は難しいだろう。
 再度、上鳴の放つ雷光が根津の目に飛び込んでくる。彼の放電を見るに、どうやら脱出ゲートとは逆の方向へ逃げているようだ。やれやれと、根津が再び解体機のレバーを握った時、それは視界に飛び込んできた。
 その姿を見た時、根津は素直に感心した。なるほど、と。



 壁を駆け上がり、根津を真正面から見据えた名前は、一瞬逡巡した。
 もしも、根津に遭遇したならどうするか――名前達は三人で、他の組より有利な状況にあった。当然、ハンドカフスを付けようとするのが正しい選択だ。それに名前の“個性”なら、クレーンの運転席に座る根津を引きずり下ろすことも可能だった。
 もし根津がクレーンの倒壊に巻き込まれて、怪我でもしてしまったら――その一瞬の迷いが仇となった。死角から襲ってきた別のクレーンが、名前を殴り飛ばしたのだ。
 名前とは別の方向、根津の真下から近付いていた芦戸も、あと一歩のところまで迫ったが、結局時間切れとなってしまい、名前達は試験に合格することができなかった。

[ 260/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -