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 午後一時二十分。コスチュームに着替えた名前達1年A組は、指定された校庭の片隅に集まっていた。ちょうどバス乗り場のすぐ横だ。駐車場には学内バスが10台並んで停まっている。離れた演習場で期末試験を行うという事なのだろうが、それにしてはバスの数が多かった。
 上級生を入れても、ヒーロー科は六クラスしかないんだけどな。
 もしや先日の授業参観のように、既に始まっているパターンなのでは――名前達がそんな事を考え始めていた時、授業の開始を知らせる本鈴が鳴り響いた。少しして教員が姿を見せたが、やってきたのは担任の相澤だけではなかった。「それじゃあ、演習試験を始めていく」


 名前達の前に現れたのは、相澤を含めた十人のヒーローだった。その中には、兄である13号の姿もある。プロのヒーロー達が勢揃いしている様は圧巻ではあったが、同時にこれから何が行われるのかと、名前達に一握の不安をもたらした。
 入試の時のようなロボットを相手にした実技試験が行われるのだと、そう教えてくれたのは、先日知り合ったB組の拳藤一佳だ。彼女が知り合いの上級生に聞いたところ、ロボットを相手にいかに立ち回れるかが焦点になるのだと言われたらしい。だからこそ、名前が筆記試験のみに的を絞ることができたのだ。不本意なことに、思い切り壊せば良いだけの課題は、名前の“個性”と相性が良い。
「入試みてぇなロボ無双だろ!」そう言ったのは上鳴だ。
 彼の“個性”は帯電――名前と同じく、対人への個性使用の調節が難しい“個性”だ。上鳴と名前、そして芦戸とで、ロボット相手の実戦演習試験だと聞き、喜んだのは、つい先週の話だった。しかしながら、現実はそう上手くはいかなかった。
「残念!」根津が言った。「諸事情あって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 笑顔の固まった名前の横で、八百万が「変更って……」と不安げに口にする。
 根津は言った。これからは、対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教育にシフトを変えるのだと。校長はその理由を名前達に語りはしなかったが、思い当たることがあるとすれば、やはり敵連合のことだろう。雄英に乗り込んできた敵なんて前代未聞だし、まさか生徒を狙ったわけではないだろうが、あのヒーロー殺しとだって雄英は接触している。またあんな敵と、会敵することになったら――。
「というわけで……諸君らには、これから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう」
 あっけらかんとそう言い放った根津に、名前達はそれぞれ驚きを露にした。名前は思わずえっと声を上げたし、あの蛙吹ですら目を丸くさせた。雄英に入ってからというもの、数々の苦難を乗り越えてきたが――入学初日に除籍されそうになったり、保護者が敵に捕まったと錯覚させられたり――今までプロと戦ったことはなかった。名前達の反応を見て何を思ったのか、根津は「君らは奇数だから、当然一組は三人になるよ」と朗らかに言った。


 動きの傾向や成績など、様々な要素を踏まえた上で決められたのだという組み分けが発表された後、名前達は各々のチームメイト、そして対戦相手の教師と共にバスに乗り込み、演習場へ向かうこととなった。
「ね、穴黒は校長の“個性”、知ってる?」
 根津に聞こえないよう配慮してだろう、隣に座っている芦戸がこっそりと名前に耳打ちをする。向かい側に座っている根津は名前達の様子を気に掛けてもいないのか、その小さな足をぷらぷらと動かしているだけだ。
 ――元から名前は、ヒーローに詳しいわけではなかった。それに加え、敵への対策の為に“個性”を公開しないヒーローが大半だ。仮に知っているとしたら、よほどそのヒーローのフォロワーなのか、緑谷のように研究熱心なのかのどちらかだろう。名前が知っているのはせいぜい、自身の兄である13号の“個性”がブラックホールであること、担任のイレイザーヘッドが個性を消す“個性”であること、地元出身のヒーローであるシンリンカムイの“個性”が樹木と呼ばれていることくらいだ。
 そもそも根津の“個性”が何なのか――ネズミとも、犬とも熊ともつかない姿をしている彼が、どういう“個性”なのかと慮るのは、簡単なようで難しい。異形型だからといって、必ずしも容姿が直接“個性”に関係するわけではないからだ。常闇のように、“個性”と何ら関わりの無い姿をしている者はある程度存在する。根津の容姿から考えると動物に関係する事と考えるのが妥当だろうが、思い込みで判断するのは命取りになりかねない。
 名前が首を振る横で、上鳴も「俺も知らねーや」と小さく言った。芦戸が残念そうにしている辺り、彼女もまた、根津の“個性”を知らないのだろう。もっとも、知っていたからといって、状況が良くなるかといえば別の話だが。

 組の相手と対戦相手の教師は、動きの傾向や成績、親密度などを考慮した上で組まれているという。まさか、中間考査の結果で組まれているんじゃ――名前はそんな嫌な予感を感じずにはいられなかった。名前と上鳴と芦戸は、クラス内順位のワースト三位だった。


 数分後、バスは目的の演習場に到着した。やってきたのは、グラウンドγ――名前にとって、苦い思い出の残る運動場だ。オールマイトは「どんな場所でも移動できるのは、ヒーローとして大きなメリットになるぞ」と褒めてくれたが、壁を駆け上がるだなんて、叶うなら一生やりたくない。
 それから根津は試験の概要について説明した。クリア条件は時間内に専用のハンドカフスを教員にかけるか、生徒の誰か一人でも指定のゲートをくぐり脱出すること。逃げても良いのかと尋ねる芦戸に、根津は「うん」と頷きながら、三人にハンドカフスを手渡した。そんな彼は、自身に手枷と足枷をつける。スチームパンクなデザインのそれは、装着者自身の体重の半分が、自動で付加されるようになっているらしい。
 対峙を見据えた配慮――必ずしも倒さなくて良いと聞いて名前はそっと安心した。根津がどれだけ愛らしい容姿をしていようと、プロヒーローになんて勝てるわけがないじゃないか。
「ゲートくぐるのが誰か一人で良いってなると……俺ら、他の奴らよりだいぶ有利じゃないすか?」
 上鳴が言った言葉に、根津は面白そうに笑った。「ハハッ、そうだね。けど、それが私が他の教員より攻略しやすい、なんて理由にはならないさ」

 三人は顔を見合わせる。根津は名前達にグラウンド中央のお座敷、スタート位置へ向かうよう促した後、忽然と姿を消した。どうやら彼の方も開始位置に向かうらしい。
 数の優位を生かして積極的に捕縛に努めるべきか、それとも逃げに徹するべきか――三人とも情報収集能力に乏しい“個性”だったこともあり、迎え撃つ方が良いのではという意見に纏まり掛けた時、試験開始のアナウンスが流れ始めた。「――皆、位置についたね」
 演習場に響くリカバリーガールの声に、名前は少々意外に思った。入試然り体育祭然り、こうした全体アナウンスはプレゼント・マイクの仕事のような気がしていたからだ。しかし考えてみれば、プレゼント・マイクも教員側として期末試験に参加している。確か、対戦するのは耳郎と口田だ。
 名前がその“違和感”に気が付いた時、リカバリーガールによって実技試験の開始が知らされた。そして同時に、辺りにとてつもない轟音が響き渡った。

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