カーテンを閉め切る彼の話

 ホグワーツへと向かう生徒達が一番最初に触れるのは、何を隠そうホグワーツ特急である。九月の朔日、9と4分の3番線というマグルの子ども達には考えられないような、不思議なホームから出発する紅い蒸気機関車。今から一千年ほど昔に創設されたホグワーツが、児童数が増えるに伴い編み出した手段だった。誰しもがこの列車に乗り込み、魔法の学舎へと向かう。
 ホグワーツ特急はロンドンからホグワーツへの長い旅路の間、美しい景色を見る事ができる。マグルの目を忍んで走らせようとの意図がある為、必然的に自然が多い。田園を抜け、湖水地帯を通り、森を走る様は、生徒達の誰もが愛する風景である。

 しかしここに、そんな外界と全く遮断されたコンパートメントがあった。前代未聞である。窓が閉められている事はおろか、ブラインドがぴっちりと一分の隙もなく閉じられている。外はからりと晴れて夏の日差しが眩しい良い天気だというのに、灯されたランプはひどく場違いだった。
「えーっと……名前だっけ? ねえ、別に窓ぐらい開けたって構わないだろう? 折角良いお天気だっていうのにさ」
 ずっとお喋りをしていた二人の内の一人、ジェームズ・ポッターが、隣に腰を下ろしている少年に尋ねた。ブラインドが下ろしてあっても構わないという条件で、彼とシリウス・ブラックはこのコンパートメントに入れて貰ったのだが、辛抱ができなくなったようだ。
「もちろん駄目だとも!」
 体を出来る限り壁と同化させようとしているかのように、廊下側の隅っこに座って微睡んでいた少年が、くわっと覚醒してそう叫んだ。
「この真夏日のこんな時間に外に居る事すら奇怪なんだ。そんな事をしてみたまえ、僕はきっと太陽に焼かれて溶けてしまうよ、ミスター」
 ……溶けるのか? 此処にいた以外のメンバーの心が、初めて一致した。そして四人の意思が一つになったのはこの時が最後だった。名前の堂々とした言い様に、リリー・エバンズは思わず涙が止まったし、セブルス・スネイプは初めて彼を真っ向から見つめた。ジェームズは小さく眉を上げ、シリウスはあからさまに眉根を寄せてみせた。

「人間が溶けるわけないだろ」
 あ、突っ込むんだ、リリーは幼馴染みの少年がぼそりと呟いた事に、ほんの少しだけ笑った。
「解らないよ、奴は凶器のようなものさ。そもそも人類がこうして生活しているのは殆ど太陽の力のおかげと言っても良い。きっと奴は、やろうと思えば人一人くらい溶かせてしまうさ。僕なんかそうだな、一時間でお陀仏だね」
 溶けると豪語した少年、名前・名字は実は人間ではなく、吸血鬼だった。吸血鬼の父と吸血鬼の母から生まれた、吸血鬼の中の吸血鬼だ。その事をこの場にいる誰もが知らなかったし、むしろホグワーツ特急に乗っている誰しもが知らなかった。
 吸血鬼は日の光に弱く、名前が言った事はあながち間違ってはいなかった。氷が水になるように溶けてしまうかは別としても、名前は長時間日の光に当たる事ができない。皮膚が炎症を起こし、酷い時には焼け爛れてしまう。放っておいたら溶けるかもしれない。
 名前・名字の信条の一つに、嘘を付かないというものがあった。
 これは父の教えだった。彼は息子に自分が吸血鬼になったのは交通事故に遭った際大怪我をし、輸血用の血の中に吸血鬼の血が混じっていたらしい事が原因だったと正直に打ち明けた。名前はそんな父を尊敬し、それ以来まったく嘘をついた事がない。
 名前は自分は溶けてしまうとは言ったが、人間が溶けてしまうとは言っていない。
「とんだ嘘吐きヤローだ」
 シリウスがぼそりと呟き、ジェームズもそれに小さく同意した。
 ジェームズには、シリウスとこの少年が上手く行かない事が解り切っていた。どの寮に入りたいかという話題になった時、スリザリンもしくはハッフルパフに入りたいと主張した少年を、彼が好きになる筈がなかったのだ。ジェームズ自身、正直な話、こういったタイプの人間には近付きたくなかった。
 もっとも――スネイプとかいう奴よりかはマシだけど。

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