おどろかす

 名前は怖がりだった。それはもう、自他共に認める怖がりだ。
 どのくらい怖がりかと言うと、ポケモンバトルで手持ちのポケモンがおどろかされた時、トレーナーの自分が怯んでしまうくらいだ。まあ、ビビリなのだ。要は。
 友達の某に言わせると、「そんなんじゃポケモンに愛想尽かされるぜ」らしいが、スイクンに愛想尽かされてる奴に言われたくはない。最近手持ちの子達に白い目で見られていることには残念ながら気がついているので触れないで欲しい。

 友達にマツバという男がいる。エンジュシティでジムリーダーを務めている、ゴーストタイプのエキスパートだ。
 マツバ本人は別に何でもない。良い奴だしバトルは上手いしイケメンだしぶっちゃけ好きだ。ただ、彼のゲンガーが問題だった。
 いたずらが好きなゲンガーは、どうも私のことを気に入っているらしい。彼の些細ないたずらに、毎度毎度素直に驚いてしまうことが原因だろう。解ってはいるが、性格なんてものはそう簡単に直せないわけで。
 悪気は無いし、なかなかどうして憎めない。むしろ可愛い。ただ、エンジュに居る時はやたらと心拍数が上昇する。そろそろ愛想尽かされても良いと思うのだが。

 この日も、名前はマツバのゲンガーに驚かされた。それはもう、とてつもなく驚かされた。
 ゲラゲラと空中で笑い転げるゲンガーは可愛いが、もう少しトレーナーに似て欲しい。マツバみたいに大人しくなって欲しい。
 上機嫌のゲンガーを見ながら、そういえば彼のトレーナーはどこに居るのかと考える。普段なら、ゲンガーと一緒にいるんだけど−−。
「わっ」
「うわ……ビックリした……マツバ?」
 不意に背後から現れたのは、誰あろうマツバだった。
 マツバは、どこか不満げだった。
「あまり驚かないんだね」
「いやいや……びっくりしたって」
「ゲンガーの時はもっと驚くだろう」
 どうやら、彼は私を驚かそうとしたらしい。そして期待したほど驚かなかったので、少々不貞腐れているのだ。意味が解らない。
「ゲンガーは壁から出てくるんだから仕方ないと思う」
「ああ……」納得したらしい。しかし若干しょんぼりとしている気がする。「僕が壁から出てきたら、飛び上がって驚いてくれるかい」
「死ぬほど驚くと思うよ、多分」
 静かに頷くマツバを見ながら、名前は心の中でそっと息をつく。どうしてマツバまで私を驚かそうとするのかは依然として解らないが、悩みの種が増えたことは間違いない。


 それから数日の間、マツバに会う度に妙に身構えてしまったが、特にいつもと変わらなかった。いつも通り、ゲンガーに驚かされるだけだ。マツバが何かしようという気配はなく、単に私を驚かす事に興味が失せたのだろうと思った。
 が、それは間違いだった。


 今日も今日とて、ゲンガーにはビビらされた。死ぬほどビビらされた。死ぬかと思った。嬉しそうなゲンガーはやはり可愛いが、名前はひどく複雑な気持ちになる。
 姿の見えないトレーナーはどうしたかというと、またも私を驚かそうと、この間と同じように、息を殺して背後から近付いていた。マツバは別に、私を驚かす事に飽きたわけでもなければ、ましてや諦めたわけでもなかったのだ。
 彼は趣向を変えていた。壁から出てきはしなかったが。

 何の前触れもなく抱き付かれ、名前は赤面するより他になかった。マツバはそんな私を見て、想像していたものとは違うがこれはこれで……と意味深な言葉を寄越した。それ以来、マツバは私に会う度に抱き付いたりなんなりと、私を「驚かそう」としてくる。最近は行為がエスカレートしてきて始末に困る。ちょっとはゲンガーを見習って欲しい。色々な意味で。

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