05

 昼休み、E組を訪れた骨抜は、名字の姿を探した。しかしながらなかなかどうして見付からない。手近な女子生徒の何人かに声を掛けるも、首を傾げるだけで、誰も行き先を知らないようだった。そんな事ってあるのだろうか。
 唖然としていた骨抜だったが、不意に背後から制服の裾を引っ張られる。デジャヴを感じつつ振り返れば、名字名前その人が骨抜を見上げていた。
「名字」
 骨抜が名を呼ぶと、彼女は小さく頷いた。


 前にもこんな事あったなと思いながら、二人でLUNCHRUSHのメシ処へ赴き、受付の列へと並ぶ。授業から開放された生徒達によりざわつく食堂の中、名字はぽつぽつと話し始めた。「私、“個性”が上手く使えなくて」
「私の“個性”、暗示っていって……声に出したことを、相手に思い込ませることができるの。でも、ちゃんとコントロールできないから、その……」
 名字は言い辛そうに言った。「させたいわけじゃないんだけど、暗示を掛けちゃうことがあって」
「……だから、うっかり掛けちゃわないよう、話さないようにしてるって事?」
 骨抜が尋ねると、名字は頷いた。彼女は、一度も骨抜を見なかった。

 ――漸く点と点が繋がったような、そんな気がした。
 彼女の周りにいつも人が居ないのは、彼女自身が寄せ付けないようにしているのだ。他の人が傷付かないようにと。マスクをしているのだって、なるべく人から話し掛けられないようにという、一種の処世術なのだろう。そうすれば、口を利かなくて済むからだ。
 骨抜には、“個性”で誰かを傷付けてしまうかもしれないという、その心境がよく解らなかった。骨抜の“個性”は対象を柔らかくするものであり、人体には影響を与えなかったし、そもそも任意で発動するので、そんな心配とは無縁だった。
 仮に。もしも仮に自分が名字と同じ“個性”を持っていて、彼女のように上手くコントロールができなかったとしたら――。
 骨抜は、暫く名字を見詰めていた。列が動く。
「ならさ、練習しようよ」

 名字が漸く骨抜を見た。マスクの隙間から覗く、彼女の橙色の瞳と目が合う。「不便なことだって多いでしょ。いくら“個性”って言ったって、意識してればちゃんと使えるようになると思うよ」
 じいと自分を見上げる名字に、骨抜は肩を揺らす。「俺が付き合うからさ」


 名字は暫くの間、骨抜を見上げながらも口を開かなかった。じっと見詰められ、段々と気恥ずかしくなってくる。何の気無しに視線を外すと、名字が「私は、嬉しい、けど……」と小さく言った。
 途切れ途切れに紡がれた、彼女の言葉――よくよく考えてみれば、彼女が時折言葉に詰まるのは、“個性”を使ってしまわないよう、言葉を選んでいるからなのだろう。
「どうして、そんなに良くしてくれるの?」
「どうしてって……」
 骨抜は少しばかりどう言おうか迷った。彼女が体育を苦手なことも、花粉症ではないということも、猫が好きだということも、全て直接聞きたかったのだと、伝えることは難しかった。「そりゃ、俺、ヒーロー志望だもん。手え貸したいでしょ、友達が困ってたら」

 真ん丸と円を描いた彼女の瞳は、あたかも沈みゆく夕日のようだった。
 ――まさか、友達とも思われてなかったんだろうか。
 そんな嫌な予感を、感じずにはいられなかった。しかしながら丁度その時骨抜達の前に並んでいた生徒達が脇に逸れ、順番が回ってきた。名字の姿を見て、「日替わりで良い?」と尋ねるランチラッシュに、骨抜はある仮定に思い至る。
「名字、単語なら別に命令にはなんないんじゃね?」
 驚いたように自分を見上げる名字に、骨抜は内心で溜息を吐く。随分と先は長そうだ。

 名字と二人、注文した料理が出来上がるのを待っていると(ちなみに、どうやら名字はきつねうどんを頼んだらしい。ちゃんと注文できたようだ)、不意に携帯が震えた。何の気無しにロックを外し、新着メッセージを確認する。差出人は、名字名前。
“骨抜くんて、良い人だね”
 骨抜は眉を顰め、名字を見る。「おっ前なあ――」
 言いたい事があるなら口で言えよ。と、そう言うつもりだった骨抜の口は、途中で言葉を見失うこととなった。
 マスクの上から覗く彼女の目が、ゆるやかに弧を描いていた。にこりと笑いながら、名字が声を発する。「ありがとう、骨抜くん」


「……おう」
 彼女が“個性”をコントロールできるようになって、こんな風に、さも一人でも平気ですなどと澄ました顔をしている名字なんて居なくなれば良いと、骨抜がそう思っているのは確かだ。しかしながらどことなく惜しいように感じてしまうのもまた、揺るぎようのない事実なのだ。

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