04

 ぴこん、と、小さな音がした。
 骨抜の携帯は、ここ数分の間定期的に音を発していた。ロックを解き、画面を確認すると、当然の事ながら新着のメッセージが一件入っていた。骨抜は目を細める。“サボる気だったのかよ”、と一旦は打ち込んだものの、あまりに責めている口調であるように感じ、少しだけ語尾を変えた。
“サボる気だったんかよ”
“体育ニガテ〜”
“だからってサボって良いわけじゃなくね?”
“骨抜くんて結構マジメなんだね”
“名字って結構フマジメなのな”
 ぴこんと再び通知音がして、骨抜はゆるゆると指を動かした。名字からのメッセージには文字がなく、代わりに小さな猫のイラストが載せられていた。舌を出し、前足の片方を、頭の後ろへやっている。


 だんっと机へ拳を振り下ろせば、隣に座っていた鱗がびくりと身を揺らした。しかしながら、骨抜には構っていられるだけの余裕が無かった。――何なんだよそのスタンプ、可愛すぎだろ。
 もっとも、骨抜が特別猫を好きだというわけではない。仮にそうだとしても二センチ四方にも満たないイラスト一つで何を思うこともないだろうし、どちらかというと犬派だった。――あの名字名前が、どんな顔をしてこのスタンプを送ってきたのかが重要だった。
 骨抜の中で、彼女は引っ込み思案で大人しく、どちらかというと真面目な印象があった。それがこのてへぺろスタンプだ。

 名字は滅多に口を利かない。知り合って間もないとはいえ、骨抜が彼女の声を聞いたのは数えるほどしかなかった。何かを問い掛ければ首を振ることで応えるし、指を指して何かを示すことも多かった。身振り手振りでは答えられない質問にのみ、彼女は言葉少なに返事をするのだ。しかしながら、携帯端末を通して接すると、名字は不思議とよく喋った。
 骨抜がそのことに気が付いたのは、アドレスを交換してすぐのことだった。名字が体操服を持っておらず、骨抜が自身の体操服を貸し出したその日の放課後、名字からメッセージが届いた。体操服を貸してくれてありがとうございました、そんな内容の簡素なものだったが、無口な彼女からのものだけあって、骨抜は少々意外に思った。
 どういたしまして、と、骨抜は無難に返したが、その直後、彼女から返信が来た。それから数回に渡り、会話は続いた。
 ――彼女は別に、コミュニケーション自体が嫌なわけではないのだ。
 もっとも、授業中以外は大抵すぐに返信が来る事に、多少の不安を覚えないわけではなかった。名字は学校に居る間、メッセージを送ると大体すぐに返事が返ってくる。そして放課後になると、その頻度はまちまちになるのだ。普通、逆ではないだろうか。休み時間に一緒に過ごす友達も居ないのだろうかと、要らない心配をしてしまう。


 骨抜が名字からのメッセージに一喜一憂している様は、級友達からすると少々物珍しいらしかった。
「名字って、こないだの体操服無かった子か」そう言ったのは拳藤だ。

「骨抜、ほんとにあの子と仲良いんだな」
 引っ掛かる言い方ではあったが、骨抜はあまり気にしなかった――以前のやり取りでは、そりゃ、骨抜と名字が仲が良いようには見えないだろう。もしかすると、骨抜が無理やり体育を受けさせようとしているように見えたかもしれない。
「まーね」
 骨抜がそう答えると、拳藤は意外そうに眉を上げる。もっとも咎めているというわけではなく、単純に骨抜が他所のクラスの生徒、しかも女子生徒と仲良くしているのが珍しかったのだろう。学級委員長という役職が与えられているだけあって、彼女の責任感の強さはB組でも屈指のものだ。ヒーローを目指す目指さないに関わらず、他クラスの生徒と仲良くなるのはいい事だ――そういう事だろう。
 しかしながら、鉄哲の言った「好きなんか?」という言葉には、思い切り顔を顰めた。

 そんな骨抜を見て、鉄哲も僅かに眉を顰める。「何だよ」
「別に……そういうんじゃない」
 渋面のまま骨抜がそう口にすると、鉄哲と拳藤、それから泡瀬がそれぞれ顔を見交わした。それほど、名字を好きでいるように見えていたのだろうか。「何ていうか……素っ気無かった野良猫がやっと懐いてくれた、みたいな……」
 考えながら骨抜が言うと、三人はそれぞれ「ああ……」と呟いた。

 拳藤達は名字から関心を無くしたようで、午後の基礎学が何の実習になるだろうかと話し始めた。拳藤の口にした、「何で普通に喋んないんだろうな」という小さな呟きが、いつまでも骨抜の中に残っていた。


 その日の晩、携帯端末を通しての会話の折、骨抜はふと、昼間の会話を思い出した。「普段から話してくれりゃいいのに」と送ってみたところ、暫く名字からの返信がなかった。まずいことを聞いてしまったのだろうかと思ったのも束の間、ぴこんと通知音がし、名字からの返信を知らせる。しかしながら文字は無く、困ったように笑う猫のスタンプが送られてきただけだった。
 骨抜はスマホの電源を落とし、ベッドに仰向けになる。明日、彼女に直接聞いてみよう――そう思った。

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