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 中間テストの頃だっただろうか。折角同じクラスになったのだし、もしもの時の為にと、全員で連絡先を交換しようということになった。確か、発案者は上鳴だ。彼のおかげで、今の名前の携帯にはクラスメイト20人分の電話番号と、メールアドレスが登録されている。後日爆豪のアドレスが回ってきた際は、どうやって聞き出したのだろうと上鳴のことを尊敬したものだ。
 もっとも、連絡先を交換したからといって、全員と特別連絡を取り合うこともなかった。例えば口田とはメールでよくやり取りをするし(名前は未だ、彼の声を実際に聞いたことがなかった)、瀬呂からは宿題がどこまでだったかと度々メッセージが飛んでくる。しかし常闇なんかは最初に「よろしく」を送り合った時以外特にやり取りがないし、本当に連絡先を交換しただけのクラスメイトも何人か存在していた。――緑谷出久も、そんな連絡先を交換しただけの同級生の中の一人だった。
 直接携帯を付き合わせたわけではなかったが、蛙吹経由で回ってきた彼の連絡先は、名前の携帯端末のなかにきちんと保存されていた。どうやらオールマイトを文字ってあるらしいアドレスに、くすくす笑ってしまったことを覚えている。上鳴を経由して名前のアドレスも緑谷の元へ伝えられたのだろう、彼からメールが届くことも、また名前が緑谷に連絡を取ることもなかった。それなのに今、名前の携帯には確かに緑谷からのメッセージが届いていた。
 送信者が緑谷であることに対し、確かに名前は胸を高鳴らせた。しかしながら、次の瞬間には疑問が浮かぶ。何故今、彼からメッセージが届くのかと。今迄メールなんて送られてきたこともなければ、わざわざ職場体験の真っ最中に親交を深める意味も無いだろう。

 送られてきたのは保須市江向通り4-2-10の細道、という、たった20字にも満たない文字の羅列だった。どうやら西東京の住所らしい。保須という見覚えのある地名に、何となく嫌な予感を覚える。宛先が名前だけでなく、麗日や轟、上鳴など、クラスメイトの何人かに一括で送られていることも、名前の不安をますます煽っていた。
「友達かい」
 いつの間にか背後に来ていたフォースカインドは、名前の手元を覗き込んでいた。名前は頷く。「同じクラスの人で……」
「へえ」フォースカインドは言った。「なら、その子も今職場体験中ってわけか」


 フォースカインドと二人、部屋を出ると、すぐ外の廊下で切島と鉄哲が待っていた。切島がスマホを手にしていたので、思わず「切島くん……!」と声を掛ける。彼も、先程緑谷からメールが届いていた同級生の一人だった。顔を上げた切島は、名前に向け端末を掲げた。「いちお通報しといた」
「緑谷、意味無くこんな事する奴じゃねーしさ。メール送っても返信こないし、何かあったんじゃないかと思ってよ。まあ、緑谷は長野行ってた筈だから、おかしいっちゃおかしいんだけどよ……一応念の為な」
 ちらりと視線を向けられたフォースカインドは頷き、「それが妥当だろうな」と口にした。どこかほっとしたらしい切島に、名前も漸く安堵する。しかしその反面、そうしなければならなかったのだと密かに反省した。名前は突然の受信に困惑するばかりで、彼のようにその意図を考えるところまで、思考が及ばなかったのだ。

 名前もメールを送ってみたものの、結局緑谷から返事が返ってくることはなかった。彼に何かあったのだろうかと、不安ばかりが募っていく。しかしながらパトロールの時間が来たので、いつまでも携帯を眺めているわけにもいかなかった。


 ――災害救助を主とする13号を兄に持つせいか、名前は今までヒーローのことを、有事の際に動く存在と考えていた。13号は基本的に規則正しい生活を送っている。そして大規模な土砂崩れや、洪水などが起こった時、数週間単位で帰ってこなくなるのだ。フォースカインドだって、積極的に敵を探しにいったりはしないとはっきり口にした。だからこそ、逃げ惑う人々を前に固唾を飲む。
「懲りねェ奴らだな……」任侠ヒーローは舌打ちを漏らした。
 万が一敵に遭遇しても交戦しないよう言い含め、フォースカインドは騒ぎの中心へと駆けていった。敵が現れたのだろう、人波の向こうからは微かに悲鳴が聞こえ、うっすらと土煙が上がっている。

 名前達は暫くの間、交通誘導に努めていた。フォースカインドが名前達を連れて行かなかったのは、単純にこれほど早く実戦に放り込むわけにはいかないと思ったのと、切島と鉄哲の“個性”ならば、放っておいても怪我をすることはそうそう無いと判断したからだろう――がこんと鈍い金属音が響き、覆面を付けた男達がマンホールから次々と現れた時、切島の動きは早かった。
 体をじわじわと硬化させ、今にも走り出しそうな切島のその肩を、鉄哲が「おい!」と掴む。
「バッキャロ、フォースカインドさんに言われただろうが!」
 ――派手な爆発は、ヒーローを引き付ける陽動だったのだろう。フォースカインドが向かった方面は確かに街の中心で、人も多く栄えていた。しかしながら名前達が今居る場所にはコンビニや郵便局があったし、足を伸ばせば小さいながらも銀行も存在している。
 切島がちらりと鉄哲を見返す。敵達はまだ、名前達の存在に気付いていなかった。
「じゃあ、黙って見てるのが正しいのかよ?」

 思わずといった調子で口を噤んだ鉄哲と、そんな鉄哲を黙って見上げる切島。どっち付かずのまま、おろおろと見比べていた名前だったが、不意に名前を呼ばれて心底どきりとする。
「俺だけだと逃げられっかもだけど、今は穴黒が居る。それに別に、あいつら全員ぶっ倒そうってわけじゃねえよ」
 そこまで言った切島は、ふと目を瞬かせ、名前を見た。「穴黒も反対か?」
 小さく首を振った名前を見て、鉄哲はぎょっとしたようだった。
「おめェもかよ! 俺らまだ、ヒーローじゃねえんだぞ!」
 焦ったようにそう口にする鉄哲に、名前は小さく頷いた。確かに、名前達はヒーローではない。ただの高校生、ただのヒーロー候補生だ。職場体験に来ているからといって、わざわざ自分達から会敵する必要もない。

 鉄哲から目を逸らし、口早に作戦を伝え始めた切島に、鉄哲は再度「オイ!」と言った。しかし切島に見返され、彼は口を閉ざすことになる。
 切島が言った。「俺だって解ってるよ。けど、だからって俺達がプロじゃねえ事が、悪さしてる連中見逃して良い理由にはなんねえだろ」

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