31

 職場体験も二日が過ぎた。疲れの残る顔をして現れた名前達を見て、フォースカインドも考えを改めたようだった。
 彼は、夜間に街へ出るのをやめた。抑制は第一だが、その為に名前達に疲労が溜まり、100パーセントの力を出せないのでは意味が無いと、そう判断したのかもしれない。もっとも、普段の授業より数段ハードなのは変わりがなかった。
 フォースカインドが居ないことを良い事に――警察から要請があり、彼を含めた何人かのヒーローが、事務所を後にしたのだ。どうやらかなり大きなヤマらしい――休憩の合図がなされた途端、名前は道場の床に転がった。フォースカインドがこの場に居れば、間違いなく重い一撃を食らっていたことだろう。名前は昨日トレーニングに遅れてきた切島達が、揃って殴られたことを覚えていた。ぺったりと床に背を付け、息を整える。体中の筋肉が震えているようだった。
 特別運動が苦手というわけではないんだけどなあと、自身の両手を見詰める。すると顔に影が掛かり、名前は視線を上へ上げた。鉄哲が名前を見下ろしている。「平気か?」

 体力ねェなあと口にしながら、鉄哲は名前の横にどっかりと腰を下ろした。そんな彼は息こそ上がっているものの、名前ほどではない。道場に座り込むことに対し迷っていたらしい切島も、結局鉄哲と反対側へ腰を下ろす。
「穴黒よォ、今日も“個性”使わなかったろ」
 名前はぎくりとした。どうやら間近で生活していた彼にはお見通しだったらしい。確かに今日も、そして昨日も、名前は“個性”を使っていなかった。返事の代わりに笑い返せば、鉄哲は眉間に皺を寄せた。
「別に使えねえとかじゃねえんだろ? 何か理由でもあんのか?」
 クラスメイトという柵が無いせいか、それとも単純に彼の真っ直ぐな性格故なのか、鉄哲はずんずんと踏み込んでくる。名前は苦笑を浮かべた。
「私、その……対人訓練って苦手で。潰しちゃうかもって思うと、その……」
 鉄哲は怪訝そうな表情を浮かべ、「そういうもんか?」と切島に視線で問い掛ける。
 切島が言った。「ちょっと解るわ」
「俺のこれ――」切島は自身の右目を指差した。以前から、彼の右の瞼には小さな傷があった。切島が右目を閉じてみせると、想像していたよりも遥かに長い古傷が顔を覗かせる。「――“個性”出たばっかの時にやっちまってさ」
「もし他の奴にやっちまったらと思うと、ちょっとビビるよな」
 にっかりと笑いかけてくる切島に同意しながらも、名前は少しばかり意外に思っていた。――しかし言われてみれば、確かに、切島が自ら攻撃役を買って出ることはあまりなかった。授業で見る切島は、どちらかというと受け手に回る方が多かったのだ。彼の“個性”なら、一度攻撃に転じれば、一つ一つの攻撃が凄まじい威力を誇ることになる筈だ。もちろん手を抜いているというわけではないのだろうが、彼が本気で組み手をしようものなら、相手側は大怪我を負うことになるに違いない。
 本来、切島の持ち味は攻守に優れた“個性”を生かした猛撃にあるのだろう。ちょうど、体育祭で爆豪と戦っていた時のように。もっともあの時は、爆豪の行動を制限させることと、持続時間をカバーする意味があったに違いない。

 色々と思うところがあったのか、鉄哲はふーんと声を漏らした。――切島と鉄哲、彼らの“個性”は非常によく似ているが、切島の体は硬化した際その箇所が鋭利に変化するのに対し、鉄哲の場合は形状自体は変わらない。その為、外傷を負わせてしまうかもしれない、と、考えたことは少なかったのかもしれなかった。
「あっ、あと急に手に触られるのも、ちょっと苦手かなあ……。びっくりして、発動しちゃったら困るし」
「上鳴も言ってたわそれ。冬場は帯電しやすいんだと。……そういや、あいつも対人成績良くねえもんなあ」
 名前が小さく笑っていると、急に右手を握られ、思わずびくりと飛び上がる。当然名前の手を取ったのは鉄哲で、名前はぎょっとして彼を見詰め返したし、切島も驚いたように目を真ん丸くさせていた。「なんだ、全然平気じゃねーかよ」
「穴黒、一緒なのが俺らで良かったな。ちょっとやそっとじゃ、怪我なんかしねえからよう」
 だからそんな心配いらねえよ。そう言ってにっかりと笑ってみせた彼の手は、普段通りの肌の色をしていた。

 男らしいぜ鉄哲!と感涙する切島と、それがヒーローってもんだろが!と叫び返した鉄哲。固く握手を交わす二人を見て、漸く名前も微かに笑みを浮かべることができた。



 しかしながら、プロヒーローは騙されてくれなかった。「君さあ、自分の“個性”が嫌いなんだろ」

 訓練後、戻ってきていたフォースカインドに個別で呼び出された名前は、驚いて任侠ヒーローを見上げた。無事に敵を捕まえられたようで、少なくともフォースカインドには怪我はなかった。彼の強面にもここ数日で見慣れてきたものの、改めて面と向かい合うとやはりどこか萎縮してしまう。

 違ってたら謝るけど、と前置きした上で、フォースカインドは言葉を続けた。
「一定数居るんだよ、君みたいな奴。見た目が嫌だとか、使い道がないからとか、それぞれ理由は異なってるがね」
「別に良いんだよ。そいつの“個性”だ。好きにしたら良い。好ましく思おうが嫌いでいようが個人の自由だ。だが君はヒーロー志望で、これから先ずっと“個性”と向き合っていくことになる。ヒーローになろうとなるまいと、いずれは筋を通さなきゃならない」フォースカインドは言った。「俺は確かに君らを監督する立場にある。君らに怪我されて、俺らが困ったことになるのも事実だ。けど君だって、ずっとこのままで良いと思ってるわけじゃないんだろ?」
 返す言葉も見当たらず、名前は俯いた。
 ――名前の対人格闘の成績が悪いのは、確かに、相手に怪我をさせてしまうかもしれないという恐怖があるからだ。子供の頃から根付いたそれは、簡単には消えてくれない。“個性”を加圧だと思っていたのだから尚更だ。友達の手をぺしゃんこにしてしまう夢を見たのだって、一度や二度ではなかった――名前はずっと思っていた。もっと別の“個性”だったら良かったのにと。
 押し潰すことしかできない自分の“個性”が、名前はずっと嫌いだったのだ。
「――実は俺もそのクチでね」
「えっ」
 思わず顔を上げれば、フォースカインドはにやりと笑っていた。「服は全部特注しなきゃならないし、特に能力があるわけでもなし、良い事ないよ、ほんと。もっと強個性だったらとどんなに思ったことか」
「君、見たとこ敵退治したくてヒーロー志望してるわけじゃないんだろうが、君の“個性”は敵と戦う時特に有用だよ。少なくとも、俺は羨ましく思ってる。ま、君も色々事情があるんだろうし、無理に“個性”使えとはもう言わないが……プロを相手にできる機会なんて、学生の内じゃ限られてるとだけ言っとくよ」


 やる気の無い学生の事なんて、いくらでも放っておけるだろうに。それをしないのは彼の責任感の強さ故か、それとも人情の厚さ故なのか。判断はつかなかったが、ヒーローというものの本質に、名前は確かに触れていた。
 名前は初めて、彼の所へ来られて良かったと思った。
「……あの、フォースカインドさんは、どうして――」
 私を指名してくれたんですか。そう尋ねようとした名前は、新着メッセージを伝える携帯端末の震えに、その口を閉ざすことになった。大きな着信音。出て良いよと視線で促され、名前は恐る恐る自身の携帯を手にする。
 画面に映し出されていたのは登録以来一度も表示されなかった名で、名前は思わず声に出して呟いた。「み、緑谷くん……?」

[ 250/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -