10

 名前・ノットは四年生になっていた。折り返しの学年だ。例の継承者騒ぎは最近鳴りを潜めているようで、おかげさまでこのイースターも膨大な量の宿題に集中できる。畜生。ただ、本番は来年だ。OWLがやってくる。今から憂鬱だ。
 憂鬱といえば、今は「秘密の部屋」だから、フレッドが死ぬまであと五年と少しだ。「原作」であった出来事を見るたびに――継承者騒ぎだとか、決闘クラブだとか――カウントダウンが行われているような心地がして、名前は気が気ではなかった。もっといえば、セドリック・ディゴリーが死ぬまではもう二年ちょいしかない。
 別に親しいわけではなかったが、名前はセドリックを知っていた。魔法生物飼育学はハッフルパフと合同の授業だったし、そうでなくとも、名前は一方的にセドリックを知っているわけだから、意識しなくても目に付いてしまう。
 今のセドリックは、一言で表すなら「美少年」という感じだった。大人のお姉様にはたまらないだろう。多分、もう数年もしたらとびきりのハンサムになる筈だ。最近身長が伸び始めたようだが、シーカーらしく華奢で、笑顔が素敵な男の子だった。
 これで原作と違って嫌な奴だったら、名前だってここまで胸を痛めたりはしないだろう。当然のように、セドリックも原作通り、もしくはそれ以上の好青年だった。前にも似たようなことを言った気がするが、事実なので仕方がない。

「そうだなあ……」名前が呟いた。
 目の前に居る少年、二年生のネビル・ロングボトムは不安げに名前を見上げた。
「ネビル、君のばあちゃんは何て言ってたんだっけ?」
「ばあちゃんは、占い学は当てにならないからやめなさいって。それから、飼育学は役に立たないからやめときなさいって言ってた」
「なるほどね」
 先程まで、名前に宿題を教えてくれだの、レポートを写させてくれだのと五月蠅かった友人達は、先の喧騒が嘘のように黙々と宿題をこなしている。皆、ネビルがあまりにも必死にどの授業を選択するか迷っているものだから、生半可な答えを言いたくないのだろう。名前だってそれは同じだったが、かと言って放っておくのも憚られる。ついでに、名前がやっとの思いで仕上げた解毒剤のレポートは今、友達の間でたらい回しにされている。
「いいかい、ネビル。色んな人が君にああしろこうしろって言ったかもしれないけど、大事なのは君が何をやりたいかだよ。そうでないと、後から後悔することになるぜ。僕みたいにさ」
「名前が? 後悔?」
 ネビルが目を真ん丸くさせた。その驚きの理由を問い詰めたい気もしたが、やめておいた。名前はしっかりと頷いてみせる。
「僕、羊皮紙に科目名を書いて、杖を倒して決めたんだ。まったく、二年前の今日に戻りたいよ」
 まだ不思議そうな顔をしているネビルに、名前の友達が「こいつ、毎回死亡予告されてんだ」と、ありがたくもない暴露をしてくれた。
「私には見えますわ……あなた、死神犬に憑りつかれていますわよ……」
「可哀想な子……あなた、どうか生き急ぐようなことはなさらないでね……」
 トレローニー・ボイスを真似しながらげらげら笑っている友人達は、名前の「魔法史」という一言に口を噤んだ。魔法史の時間、眠らずに授業を受けているのは殆どの場合名前だけだったし、名前の魔法史のノートは(自分で言うのもなんだが)解りやすいと評判だった。上級生が借りにくるほどに、だ。この間は。バグショットではなく、このノートを教科書に使えば良いのにとまで言われた。もちろん友達は皆、テスト前後に関わらず、名前のノートを回し読みしているわけで。
 再び無言でレポートを書き始めた上級生達を見て、ネビルは笑っていいのかどうか判断がつきかねるという顔をした。名前がにやっとしてみせると、遠慮がちに小さく笑う。
「特に進路が決まってなかったら、ネビル、自分が興味のある科目を取るべきだよ。その方が勉強意欲も沸くしね。誰が何を言ったかなんて気にすんな。そういうのは、『参考』にすればいいんだ」
 占い学も、まあそうだが――魔法生物飼育学がハッフルパフと合同だなんて思わなかった。もし知っていたら、名前は飼育学を選ばなかったかもしれない。そうすれば、セドリックと知り合うこともなかったのに。

「な」と背をばしばし叩いてやると、ネビルはうんと頷く。その頷きが確固たるものだったので、名前は一人微笑んだ。
 決心を固めたらしいネビルの背を見送り、名前も自身の勉強に戻る。継承者が居ようと居まいと、我らが寮監殿の宿題の出る量は変わらない。名前はそりゃ、この継承者騒ぎがどういうものかを大体解っているから良いのだが、マクゴナガル先生はそうではない筈なのに。ちょっとくらい、減らしてくれたって――。
「あ……」
「どうした、名前?」
 隣に居た友達が(同室者の一人だ。名前が名前・名字に恋していると信じている連中の代表格で、最近鬱陶しくなってきた)羽ペンを揺らしながら尋ねた。ウルフスベーンとアコナイトの違いに頭を捻っている。
「なんでもない、なんでも……」
 名前は気付いてしまった。
 ――今年って、勉強しなくても良いんじゃね?
 確か、学年末の試験は免除されるんじゃなかったか。もっとも絶対にそうなるという保証はないが、原作ではそうだった筈だ。名前が覚えている限り、今までずっと原作通りで来ているし、去年だってそうだった。ハリーと同学年じゃないから解り辛いが、原作から乖離している部分は見当たらなかった。それなら、学期末試験だって無くなるんじゃないか。
 今までの勉強が無駄になったと思う反面、もう一年早く生まれていれば良かったのにと思う。OWL免除されたい。
 名前は少しの間考えたが、結局レポートの続きを書き始めた。仮に学期末のテストが無くなったとしても、変身術の課題を出さなくて良い理由にはならないためだ。秘密の部屋騒ぎの裏側がどんなものなのかを名前は大体解っているから、スリザリンの怪物もそれほど怖くなかった。しかし、マクゴナガルの雷は怖い。超怖い。



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