オフラインにて

 絶え間なく続くカチカチという音に、鉄哲は密かに隣に座る名前を見遣った。彼女の握るコントローラーは、鉄哲が貸し出しているものだ。アナログスティックが折れてしまうか心配だし、いつAボタンは嵌まり込んでしまうかと不安になる。
 そりゃ、まあ、遊んでいて壊れるのは仕方がないとしても。
 テレビ画面に向き直る。彼女の操る小柄な女キャラクターは、先ほどから一度も白星を取っていなかった。どんだけ勝ちたいんだよ――と、そう思った時だった。鉄哲の握るコントローラーが弱々しく震える。「あー!」

 画面からでなく、すぐ隣から聴こえてきた大声に、思わず体を揺らした。「鉄哲のばか! あほ!」
「手加減した!」
「てか……」思わず口篭る。「してねェよ、手加減なんかよ」
「した! 絶対!」
 名前は食い下がった。「じゃなきゃ私が勝てるわけないじゃん!」

 クラスメイトの名字名前は如何せん、才能というものがなかった。もっともヒーローとしてのそれではなく、ゲームの才能だ。
 名前はレースゲームも、カードゲームも、アクションゲームも、何もかもが弱かった。ゲームなんてものは、誰でもが楽しめるよう、運の要素がある程度絡んでくるよう設定され作られている。しかしながら名前は、例えば双六のようなパーティーゲームでは設けられているミニゲームに泣き、レースゲームでは加速させる為のアイテムを全て取り逃すのだ。これはもう才能とか、センスとかが無いと言うしかない。NPCにすら負けるのだから、どうしようもない。
 その反面、彼女はゲームが好きだった。しかも、大人しくシュミレーションゲームや、育成ゲームをプレイしておけば良いのに、彼女が一番好きなのは対戦型の格闘ゲームときている。だからこそ鉄哲と名前は気が合うのだけれども、毎回圧勝するというのも味気ない。
 ――いや、必ずしも鉄哲が勝つわけではなかった。例えば今やっている格闘ゲームだと、30回対戦したとすれば、その内の1、2回は名前が勝っていた。もっとも、この日は現時点で鉄哲が全勝していたわけだが。
「私に早く帰らせたいんでしょ! そうはいかないかんね!」
 鼻息荒く言ってみせる名前の様子から、彼女が普段よりムキになっていることは理解した。もっとも彼女が単にゲームに勝ちたいからか、それとも本当に鉄哲が名前を帰らせたがっていると考えているからかは解らないが。負けが込んでいるせいだろうか。

 俺がお前を早く帰らせたいと思うわけねえだろうがとか、自分が負ける事前提かよとか、そもそも勝つまで居座る気かよとか、言いたいことは色々あったが、鉄哲は結局何も言わなかった。――例えば平日で次の日授業があるとか、やらなければならない宿題が溜まっているとか、そんな日は鉄哲だって、彼女に早く帰って貰いたいと思うかもしれない。しかし明日は土曜だから学校は休みだし、宿題だって日曜日を費やせば何とかなる。そうでなければ、鉄哲が名前と早く別れたいなんて思うわけがないではないか。
 鉄哲が口を噤んだのは、彼女を帰らせる為に手を抜く事が実際に無いわけではなかったからだ。基本的に、名前は自分が勝つまでゲームを止めない。もっとも今鉄哲が負けたのは、可哀想なコントローラーだとか、キャラクターが吹き飛ばされそうになる度に触れ合う腕だとかが気になっていたからであって、決して手加減したからではなかった。
 しかしながら、黙ったままの鉄哲を見て、名前は肯定だと捉えたらしかった。余計にヒートアップする。
「もー! ばか! あほ!」再び名前が言った。「よし、じゃあ、次手加減したら、私の言うこと何でも聞いてよ!」
「……は?」
「ほらさっさとやる!」
 意識の追い付いていない鉄哲を放置して、1Pの名前が決定ボタンを連打する。互いのキャラクターは先ほどと同じ、ルールも同じ、ステージだけランダムの、お決まりの対戦が始まった。対戦開始の合図が画面から聞こえてきて、鉄哲も漸くテレビ画面に向き直る。
 鉄哲が、「いや普通、勝った方が言う事聞かせるもんだろ」と思い至ったのは、本日56勝目を飾る画面が現れた時だった。


「ああー! 負けた!」
 コントローラーを――再三言うが、鉄哲のコントローラーだ――勢い良く放り出した名前は、ひどく悔しそうに頭を抱えた。余程勝ちたかったらしい。負けず嫌いは悪いことじゃないが、元々鉄哲が得意としているのは格闘ゲームだし、名前はその逆だ。
 別に名前の言葉に影響されたわけでは断じてなかったが、今回の対戦は一瞬で決着が着いてしまった。というかこいつ、本当に格闘ゲームのセンスが無い。
 実際の対人格闘じゃ、そんな事ないんだけどな。
 不思議なこともあるもんだと考えに耽る鉄哲だったが、「もっかい!」という名前の声に、思考を一時停止させる。
「……オイ名字」
「何? 勝ち逃げとか許さないから」
「ちげーよ」
 名前が振り向いた。彼女の顔がどこか不満げに見えるのは、今日の集まりが解散させられると思ったからだろうか。
「さっきの、俺にも適用されんのか?」
「さっきの?」
「何でも言うこと聞くってやつ」
「えっ、鉄哲食券欲しいの?」
 こいつ、俺に食券買わせようとしてたのか。
 まあ別に良いけどぉ、と、全然良くなさそうな声で名前がぼやく。互いに一人暮らしの身だ、金の重要性は十二分に解っている。きっと今、名前は自身の懐にどれだけ余裕があったか思い出そうとしているに違いない。

 今日泊まってけよと鉄哲が口にすると、先程まで不満そうにしていた名前の顔は、一瞬で朱に染まった。悔しがったり喜んだりと、忙しい事この上ない。
「どうせ勝つまでやってく気だったんだろ?」
「……っ鉄哲の、ばーか!」
 拳が飛んできたが、鉄哲は敢えて個性を発動させず、名前の成すがままに身を任せた。どうやら嫌ではないらしく、漸く鉄哲は一息つくことができた。

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