30

 任侠ヒーロー フォースカインドは、左手の人差し指二本を切島と鉄哲へ向けたまま、微かに苛立ったような口調で言葉を続けた。「基本的には“個性”を悪用する輩を取り締まる事だ。超常を日常と呼ぶようになった昨今、国はその日常を守らなきゃならなくなった。しかし警察に権力を集中させすぎてしまう事と、何よりヒーローの前身が自警団的に活動を始めていた事もあって、俺達にお株が回ってきたわけだ」
「ヒーローが持ってるのは現行犯を拘束する権限だけだ。だからまあ、警察や消防の要請で動くのが普通だわな」
「敵を探しに行ったりとかしないんスか?」
 切島が尋ねると、フォースカインドは小さく頷き、「抑制の為の巡回はするけどな」と付け足した。
「よほど相手が割れていて、尚且つ此方の戦力が整っていない限り、敵を探すような真似はせんよ。リスクの方がでかいし、無駄足に終わる確率のが高いからな」
 切島と、そして鉄哲は、揃って納得し切れていない顔をしたが、そんな二人に向けてだろう、フォースカインドは言葉を続けた。「ヒーローってのは基本後手なんだよ。んで、そうなっても良いよう、普段から鍛錬を積んでおくんだ」



 君らがどれだけ動けるのか見ておきたい。フォースカインドはそう言った。
 事務所に着いた名前達を出迎えた任侠ヒーローは、それぞれのコスチュームに着替えるように言い、それから三人を訓練場に案内した。事務所の外観はよく見るオフィスビルそのものだったが、上階はその殆どがトレーニングルームになっていた。もっとも階そのものが一部屋の武道場だったり、筋トレ用の機材が並べられていたりと違いはあったが、フォースカインドの言ったことが体現されているような造りだ。
 訓練場で鍛錬していた事務所の相棒達にじろじろと見られながら(フォースカインドは彼らに退くように言ったが、従ったのは数人だけだった)、名前達はフォースカインドと向かい合った。
「俺には君らを監督する義務があるし、いざ街へ出て、動けませんでしたじゃ困るんでね」菱形模様のネクタイを僅かに緩めながら、フォースカインドは言った。「君らの“個性”は大体聞いてる。使って良いから俺から一本取ってみな」
「え、使って良いんスか」
 頷いたフォースカインドに、切島と鉄哲が顔を見合わせる。名前も彼らと同じように、フォースカインドを見上げた。名前達がコスチュームを着ているのと同じように、彼も特製の四本腕スーツを着ている――どうやら上着を脱ぐつもりは更々無いらしい。
「高校生にやられるほど柔じゃないよ」
 そう言って薄く笑ったフォースカインドに、切島と鉄哲が何を思ったのか。合図も待たずに向かって行った二人に、名前は戸惑いながらもその背を追った。しかしながら、フォースカインドが言った通り、彼は高校生にやられるような男ではなかった。

「良い蹴りだな」フォースカインドが言った。
 鉄哲が吹っ飛ばされた方向、その逆側から仕掛けたというのに、フォースカインドは物ともしなかった。完璧に死角だった筈なのに。名前の足首を掴んだまま、フォースカインドがぐっと顔を近付ける。
「基本的に、手より足のが力は強い。女子な分他に負けるしな。良い判断だ」
 そのまま腕を上げるフォースカインド。当然名前の体も持ち上げられ、ぽんと放り投げられた。上手く着地できず、ぎゃっと声を上げる。「が、受け止められてちゃ意味ねえわな」
 代わりに向かっていった切島も軽々といなされ、結局名前達はフォースカインドから一本取るどころか、ネクタイ一本すら取らせることができなかった。


 ヒーローの卵が三つ、揃って床へ並んだ頃、漸く終了の合図が出された。名前達は皆くたくただったが、フォースカインドはというと「まあ高一ならこんなもんか」と聊か不服げに呟いていて、自分達の実力を見せるというよりもむしろ、プロの余裕を見せ付けられたようだった。息ひとつ乱れていない。
 確かに名前はこうした対人格闘はまだまだ苦手だった。しかし切島はクラスの中でも実技ができる方だというのに、そんな彼でもまったく手も足も出ないなんて。
 転がったまま肩で息をしていると、不意にフォースカインドと目が合った。しかし次の瞬間には逸らされてしまったので、もしかすると名前の気のせいだったのかもしれない。夕飯にするよという彼の言葉に、名前達三人はへろへろ声で「おー」と言った。

 事務所の一階の片隅には休憩スペースが設けられていた。いつの間に頼んでくれていたのか、机の上には弁当が四つ鎮座している。いつも此処で食べてるんですかと問えば、俺はそんな使わないかなと返ってきた。
「頼雄斗にスティール、君らは“個性”のスタミナが無いね」フォースカインドが言った。右腕と左腕の片一方は食事に使いつつ、空いている二本の腕で切島と鉄哲を指差した。器用だ。「そら、元々できない事を体組織が無理くり捻り出してるんだから無理もないが、それでも憂慮すべきだね。尤も、まだ高校生なんだから、これから成長もするだろうが……」
「それから、君」
 ずいと指を指され、思わず生唾を――もといアジフライを飲み込む。「言ったろ。高校生にやられるほど俺は弱くない。次はちゃんと“個性”使ってきな。いざとなった時に使うつもり、で、上手く使えなかったじゃ笑い話にもなんねえんだよ」
 名前がこくこくと頷くと、眉間に皺を寄せて名前を睨んでいたフォースカインドもやがて視線を外した。彼はそのまま立ち上がる。
「食い終わったら街へ出る。さっさと食えよ」
「えっ、今からスか!」
 ぎょっとした調子で切島が言った。
「こんな時間なのに?」
 名前も思わず小さく呟いてしまったが、どうやらフォースカインドには聞こえていたらしい。彼の弁当箱は既に空っぽだ。「こんな時間だからだろ」
 君らが敵だったとして、お天道さんの見てる昼日中に銀行襲ったりしないだろ。解るような解らないような理屈だった。しかし夜間の方が犯罪率は高いのは確かで、暴力事件等に焦点を当てるとその比率は更に大きくなる。情報学でも学んだ事だ。

 ヒーローは時間との戦いだ。彼が休憩室をあまり使わないと言った理由が解った気がする。我先にと弁当を口に詰め込み始めた名前達を見て、フォースカインドは薄く笑った。その後付近を隈なくパトロールするも何事もなく、結局名前達が事務所に戻ってきたのは日付が変わった頃だった。
 割り当てられた小部屋、そこに置かれた簡易ベッドに、名前はぼすっと寝転ぶ。大変な所へ来てしまったなあと思ったものの、次の瞬間には寝入っていた。

[ 249/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -