29

 同学年の男子生徒――鉄哲と、そして骨抜柔造を前に、名前の脳内は目まぐるしく回転していた。当たり前の事だが、職場体験が行われるのは名前達A組だけではない。B組の生徒と同じ電車に乗ることだってあるだろうし、むしろ行き先が同じになることだってあるだろう。しかし、よりにもよって何故この二人と乗り合わせてしまったのか。名前は自分のついてなさを呪った。
 元々B組に知り合いは少ないので、偶然相席になった生徒のことを知らないのは当然だった。しかし、全く知らない相手の方がまだ良かった。名前の脳裏には、先日の体育祭の光景がありありと浮かんでいる。
 あの時と同じぎらぎらとした目で睨み付けてくる鉄哲に、冷や汗が止まらなかった。
「聞こえねェのかよ」
 心なしか苛々しているような、そんなドスの利いた声で(少なくとも、名前にはそう感じられた)声を掛ける鉄哲に、名前はもはや黙って頷くしかなかった。

「し、失礼します……」小さく口にし、恐る恐る鉄哲の横へ座る。
 隣には鉄哲が、そして目の前には骨抜が居て、これまでにないほど気まずかった。骨抜は一度、立ち上がって名前の荷物を網棚へ上げてくれたが、それ以降はずっと無言を貫いていた。鉄哲はといえば腕を組んだままで、名前の方を見もしない。携帯でもあればこの沈黙から逃れることもできるかもしれないが、生憎と今は頭上にある。
 ずっと骨抜を見ている訳にも行かず、仕方なく揃えた膝頭に目を落とす。切島に声を掛けることなく席に着いてしまったが、彼は名前を見付けてくれるだろうか。身を縮ませながらそんな事を考えていると、隣から「おい」という声がした。しかしながら、まさか自分に声を掛けられているとは思わないので、名前が鉄哲の呼び掛けに反応したのは、彼が「オイっつってんだろA組がよォ!」とかなり苛立った声を上げた時だった。
「な、何……?」
 同学年の筈だったが、何となくびくびくしてしまう。こう言っては何だが、彼の顔が厳ついからに違いなかった。
「お前の名前だがよう……穴黒で合ってたか?」
「あ、うん、そう、穴黒です。穴黒名前」
 穴黒か。と、鉄哲は小さく呟いた。


 俺は鉄哲、そう言って彼は言葉を続けた。「穴黒はよ、何であん時手加減しやがったんだ?」
 名前は彼らへの気まずさも忘れ目を瞬かせた。……手加減?
「障害物ん時よう、地雷爆発させたのってお前なんだろ? あんだけ一気にできんなら、さっさと俺ら引きずって、沼沈めるなり何なりすりゃ良かったじゃねえか。それか場外引っ張り出すとかよォ」
 じいと名前を見詰めてくる鉄哲。冗談を言っている様子はなく、彼は本当に、名前が手を抜いたと考えているらしかった。

 名前はなんと説明しようか、暫し悩んだ。鉄哲は言いあぐねている名前を急かす気はないらしく、名前を見据えたままだ。骨抜も依然として沈黙を守っている。
「ええと……その、私、手加減なんてしてないよ」名前は言った。「私の“個性”、重力っていうんだけど、離れたところのものに“個性”使うの、すごく難しいの。地雷原の時は、地面に直接触れてたから、広い範囲で発動できたのね。でも騎馬戦の時は直接触ってなかったし、そもそも見えてなかったし……」
「騎馬戦の時は横に向けて重力を発生させていたんだけど、あれでも思い切りやってたんだよ?」
「だとしてもよォ、引っ張り切れねえって事はねえだろうが」
 未だ眉間に皺が寄っている鉄哲に、名前は苦笑を浮かべる。
「もし鉄哲くんが手加減されたって感じるのなら、それは塩崎さんが凄かったんだよ」
 あの時だって、塩崎さんが押さえてたからなかなか動かなかったんだし。そう言って名前が微かに笑ってみせると、今度は鉄哲の方がぱちくりと目を瞬かせた。それからじっくり五秒間。無言で自分を見詰める鉄哲に、何か変なことを言ってしまっただろうかと名前が不安に思い始めた時、鉄哲がぽつんと言った。「……おめェ、良い奴だな」


 メッセージを送っても返事のない名前を心配し、やってきた切島は、名前の肩に頭を預けて眠りこける鉄哲に、かなり驚いたようだった。骨抜に横へずれてもらって席へ座り、目を覚まさない鉄哲と、渋い顔をしたままの名前を見比べる。仲良いな、と笑いをこらえたまま言う切島に、名前は「解んない」と返すしかなかった。
 鉄哲の眠りに誘われたのか、次第に切島も寝入ってしまった。骨抜は先に降りてしまった為(彼はかなり気の毒そうにしていた)、名前は駅へ着くまで一人で過ごした。ちなみに鉄哲とは新幹線を降りたところで別れたが、数十分後に再会することとなった。

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