28

 週が明け、月曜日の朝。皆が待ち侘びていた職場体験初日を迎えた。朝のホームルームで各生徒の行き先が知らされ、その後、各々の体験先へ向かうことになっていた。
 ――超常が日常になったとはいっても、世の中がそれに順応していくにはかなりの時間がかかる。特に、“個性”の規制を主として進めてきた結果、建築法や道路交通法の整備はまだまだ遅れている状態だった。雄英のように、完全バリアフリー化されている建物はむしろ珍しいのだ。
 瞬間移動で目的地に着けるわけでもなく、名前達はそれぞれ公共の交通機関を使うことになっていた。東北や九州の事務所で職場体験を行う生徒も居る為、HR終了直後から駅へ向かう手筈だ。
 一括開示された職場体験先を見て、クラスメイト達は喜びの声を上げていた。名前のように、ただただ困惑して声を漏らした生徒は居ないようだ。
「ね、ねえ口田くん」名前は隣の席の男子生徒にそっと話し掛けた。口田甲司は名前の方をちらっと振り向き、何か用かと小首を傾げた。彼の両手が握り拳を作っているのを見るに、どうやら希望していたヒーロー事務所に行けることが決まったらしい。「私の体験先、カインドヒーロー事務所って書いてある?」
 口田は名前の言葉に従い黒板を見遣った。そして名前を見て、うんうんと頷く――かと思えば再度黒板を見て、それから名前を見た。二度見だ。
 彼は何も言わなかったが、その表情からして、かなり驚いているようだった。もっともそれが名前の行き先が超武闘派ヒーロー、フォースカインドの事務所だからか、それとも名前の顔色が悪いからかは判断が付かないが。
 穴黒さんが、カインドヒーロー事務所? 口田の顔は、明らかにそう言っていた。

 駅へ向かうバスの中、俯く名前を横目に、蛙吹と芦戸は顔を見合わせた。「カインドヒーロー事務所、ねえ」
「意外だわ、名前ちゃんは救助系ヒーローのところを希望したのかと思ってたけど」
 13号先生みたいな、と隣に座る蛙吹は付け足した。 ――水曜の情報学の後、名前はすぐに希望用紙を提出していた。ワイプシのような、救助系ヒーローが属している事務所の名を書いた上でだ。しかしながら、体験先として決定したのは、何故か任侠ヒーロー フォースカインドの事務所だった。
 名前が力なく頷くと、蛙吹は少し驚いたような顔をした。「希望の事務所が全部埋まっていたのかしら」
「それとも、後から指名が来たのかしらね。緑谷ちゃんみたいに」
「穴黒、ほんとにイヤだったら先生に言ってみたら? 変えてもらえるかもよ?」
 しょぼくれた名前の様子に笑っていた芦戸は、一転して心配そうな表情でそう言った。
「ううん、今更変えてもらうのも悪いし……Plus Ultraだし……」
「真面目か!」
 通路の向こう側、芦戸の隣に座る麗日が、「一緒にがんばろ!」と手を振った。彼女はバトルヒーロー ガンヘッドの事務所へ職場体験へ行く事に決まっていた。フォースカインドと同じ、超肉体派のヒーローだ。聞いた話では、彼女は自分からガンヘッドの所を希望したらしい。名の通り麗らかな雰囲気を持つ彼女には似つかわしくないように感じるが、何か思う所あっての事なのだろう。
 名前が苦笑を浮かべ、麗日に手を振り返した時、蛙吹がぽつりと言った。「名前ちゃんがカインドヒーロー事務所」
「それはそれで良いかもしれないわね」
「梅雨ちゃん!?」
 どういう意味なのか問い詰めたかったが、蛙吹は結局何も教えてくれなかった。隣に座る親友が、時々よく解らなくなる。


 相澤がいくつかの注意事項を説明した後、名前達はそれぞれ自分達の乗る電車に向かった。
「っしゃ、行こうぜ穴黒」
 振り返ってそう声を掛けたのは切島だった。うんと頷き、名前は小走りで彼の後を追い掛ける――切島も、名前と同じくカインドヒーロー事務所に職場体験へ行くことになっていた。もっとも彼は名前と違い、自分からフォースカインドの事務所を志望したに違いなかった。都市部に近いほど犯罪率は高くなるわけで、カインドヒーロー事務所は肉弾戦を得意とする彼にはぴったりの体験先と言えるだろう。

 二十分ほどして名前達が乗る予定の電車がやってきた。東北に位置している事務所へは、新幹線で約二時間だ。平日の午前中とはいえ、二人が目指すのが自由席だからだろう、車両の中はかなり混雑していた。当日の朝に行き先が知らされたのだから仕方ないといえばそうなのだが、もう少しどうにかならなかったものか。帰りは指定席にしよう、名前は密かにそう思った。
 別れて座るのもありだよなあと切島が小さく呟き、名前もそれに同意する。空いている席があれば落ち合う事にして、切島は後部車両、名前は先頭車両を目指して歩き出した。
 コスチュームの入っている鞄を座席にぶつけないようにしながら、名前は空いている席を探しゆっくりと歩を進める。空席がないわけではないのだが、やはり一つだけぽつんと空いていたり、向かい合わせになっているシートの片方ずつが空いていたりと、なかなか良い席は見付からない。――そういえば、新幹線に乗ったのは中学の修学旅行以来だ。遠出する時は大抵飛行機だったし、実家と雄英とを行き来する時も同様だ。
 思ったより揺れないのだなと感心していると、ちょうど通路側を見ていたらしい乗客と目が合った。名前がぎくっとして身を竦めるのと、その乗客が瞬きをして、それから眉を顰めたのとはほぼ同時だった。
「……よォ」鉄哲徹鐵はそう言って、睨み付けんばかりの眼差しで名前をじいと見詰めた。「此処、空いてんぞ」

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