みんみんみん

※13号男性設定。

 夕食を手にリビングの方へと戻れば、名前の提示した三択を一瞬で選んでみせた央宙が、ソファーに横になっている。微動だにしない辺り、どうやらぐっすりと眠っているらしい。マジかよ。


 口を小さくへの字に曲げ、暫くの間央宙を眺めていた名前だったが、やがて持っていた冷やしうどんを食卓の隅へと置いた。広げられていた教材を端へ寄せ、付きっぱなしだったテレビの電源を落とし(ついていたのは国営放送で、央宙の好きな自然ドキュメンタリーだった。独り立ちした若い雄ライオンの話らしい)、足音を立てないよう、ソファで眠りこけている央宙の方へと近寄る。
 本当に眠っているらしかった。顔を覆い隠すコスチュームのせいで判断が付けづらかったが、名を呼んでもテレビを消しても反応しない辺り間違いない。せっかく用意したのになあと、少しだけ思う。しかしながら、彼が休む間もなく正義の味方として活動している事は知っているため、名前も強くは言えなかった。今度からは夕食か入浴かの三択ではなく、そこに就寝も混ぜてやるべきだろうか。

「……央宙くん」
 無表情のマスクを眺めながら、そっと彼の名を呼ぶ。この宇宙服のようなコスチュームを脱ぐ手間も惜しいほど、疲れていたのだろうか。もう一度小さく名を呼ぶ。「央宙くん」
「おうどん温くなっちゃいますよ、央宙くん」
 央宙は身じろぎひとつしなかった。格好と相俟って、今の彼は電池が切れて動かなくなってしまったおもちゃのロボットのようだ。そんなスペースヒーローを、名前はじいと見詰める。
 頭部の黒い覆いには白色の丸が描かれていて、ひょっとすると目のように見えた。もっともモニターになっているわけでも何でもないので、表情はいつも変わらない。むしろ央宙の優しい声と、解りやすいジェスチャーが無ければ、聊か不気味に映るに違いなかった。央宙が寝ているらしい今は、割と不気味だ。
 央宙は、この部分から外を見る事ができるのだと言っていた。しかしながら外から中を伺う事はできず、名前には彼が眠っているのかそうでないのか、判断が付けられなかった。まあよく観察すれば、一定間隔でコスチュームが微かに上下している事が解るので、本当に眠っているのだろう。

 名前は央宙のことが好きだ。市井の人々を災害から救ける央宙のことが、待っていた名前に気を遣って睡眠より食事を選んでみせた央宙のことが、それでも我慢しきれず着替えもできないまま寝てしまう央宙のことが大好きだ。
 黙って13号のことを眺めていた名前だが、やがてふうと息をついた。
「今日もお疲れさま」
 央宙を起こさないよう静かに身を乗り出し、頭部のカバーにそっと唇を落とす。折角用意していた夕食を食べてもらえないのは残念だが、明日の朝にでも食べればいいのだ。
 さて片付けるかと、身を起こそうとした瞬間腕を引かれ、そのまま何をするでもなく倒れ込んだ。当然、央宙の上にだ。


「……起きてたの?」
 尋ねながら、名前は自分の顔がじんわりと赤くなっている事が解った。
「起きていたわけではないんですけど」央宙が言った。流石ヒーローとでも言うべきなのか、彼の声は成人女性が自分の上に乗っかっているにも関わらず、少しも苦しそうではない。「名前さんがあんまり可愛らしい事を言うから」
 これは起きないわけにはいかないな、と――いつもと同じ優しげな声でそう呟く央宙に、ますます顔が赤くなった。
 スペースヒーローのコスチュームは、見た目ほどふわふわしてはいなかった。頑丈な化学繊維でできているらしく手触りはあまりよろしくない。しかしながら心なしかじんわりと暖かく、愛しい恋人がこの下に居るのが解る。
 恐る恐る顔を上げると、13号のコスチュームと目が合った。どうやら央宙の方も名前を見ていたらしい。
「名前さんも一緒に寝ましょうか」
「うどんが……」
「少しくらいなら平気ですよ。残念ながら、僕はまだ仕事が残っているので」央宙はそこで一旦言葉を区切った。「それとも、このままベッドへ行きますか?」
 名前が身を強張らせると、央宙はくすくすと笑ったようだった。どうやら冗談だったらしい。背中に回されていた彼の手が、ぽんぽんと名前の背に置かれる。
「……紳士的なヒーローって売りの癖に」
「先に淑女らしくない行いをしたのは、名前さんの方ですからねえ」
 名前が黙り込むと、央宙は再び笑ったようだった。


 名前は央宙の胸に顔を埋めた。彼の口振りでは、名前が何もしなくても少ししたら起きるつもりだったというし、それといって急用があるわけでもない。このまま二人で寝てしまうのも悪くないだろう。そんな名前の心境を悟ったのか央宙が小さく笑い、改めて名前を抱きかかえる。決してきつくはなかったが、転がり落ちないようにしっかりと抱え直してくれたようだった。背中と腰に、彼の大きな手を感じる。
 ふわふわはしていないものの、衝撃を吸収する為なのか、案外寝心地はよさそうだ。もっとも、相手が央宙だからかもしれないが。
 コスチュームの裾を握ると、央宙は再び名前の背を撫ぜ、「今日は随分甘えたさんですねえ」と小さく笑った。

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