ぴかぴか

 名字名前は無数の歓声を浴びながら、自身の対戦相手を見据えていた。相手の生徒――芦戸三奈は今、当惑し切った表情で、名前を見ている。「あんた、さっきも対戦してなかった?」

 正直なところ、従兄弟が発案した策は決して悪いわけじゃなかった。トーナメントに進んだ生徒がA組の面々ばかりになってしまったのも、全ては結果論だ。“個性”が中心となるこの世の中、相手の――敵の“個性”を見定める事は、より重要なポイントとなるだろう。その為に、例え順位を落としてでもライバルの“個性”を観察するのは、決して悪い案じゃない。
 問題があるとするならば、最初の障害物競争での順位が、そのままポイントとして次の競技に持ち込まれてしまった事だろう。もちろん、これも結果論に過ぎないが。
 名前が物間の策に賛同しなかった理由はただ一つ、“個性”を見極めるという点において、名前が既に他の生徒達よりもかなり優位に立っているからだ。

 芦戸は困り切った様子で、主審であるミッドナイトに目をやった。
「先生、あれ良いの?」
 ミッドナイトは「面白いからオッケー!」と親指を立て、芦戸は渋々とした様子で名前に向き直った――塩崎茨の姿を借りている名前にだ。
 お手柔らかに。そう名前が微笑むと、芦戸は眉根を寄せた。


「おいおい何だよ、何がどうなってる!?」
 響き渡るプレゼント・マイクの声に、再び塩崎の姿になった名前は笑みを深くした。
 お前昼休憩挟んだんだから出場する奴の事くらい事前に調べとけよ、とA組の担任が呆れたように言った。名字名前の“個性”は変身であり、触った相手の姿はおろか、“個性”までもを完璧に再現することが可能なのだと。プレゼント・マイクだけでなく、観客席の至る所でヒーロー達は感心の声を上げた。
 そうそう、やはり勝負は正々堂々行わなくては――“引っ張られそうに”なる思考に蓋をし、名前は芦戸を見据える。彼女の“個性”は強力だ。その溶解液はそれこそ濃度を薄めて潤滑油のように使用することも可能だが、文字通り何でも溶かす事ができた。いくら勝つ為とはいえ、まさか濃度100%の溶解液をぶつけてきたりはしないだろうが、油断は禁物だ。名前の持ちカードの中に、塩酸以上の強い酸性液を無効化させる“個性”は無かった。
 名前は芦戸の“個性”をよく知っていた。先ほどのやり取りの中で芦戸に触る事ができ、一度彼女に変身したからだ。目の前に自分が現れた時の芦戸の顔は、少々見ものだった――名前の“個性”の有用性は、相手の“個性”を瞬時に理解するというところにある。内心では賛同しつつ、結局名前が物間の策に乗らなかったのも、自分の“個性”を使って見極めた方がより正確だと踏んだからだ。

 塩崎ではないが、やはり自分ばかりが知っているというのは決まりが悪く、イレイザー・ヘッドには感謝すべきかもしれなかった。これで、ある程度はフェアだ。
 掌いっぱいに溜めた溶解液を投げようとした芦戸を骨抜に変身して足下を崩したり、鱗になってその瞬発力で躱してみたり、拳藤になって芦戸ごと場外へ押し出そうとしたりと、名前は自分が持つ変身パターンのいくつかを試した。芦戸に参ったと言わせられるならそれで良し、でなければ“誰なら”彼女に対する攻略を思い付くかを探す為にだ。しかしながら名前が焦っているからだろう、誰に変身したところで良い案は思い付かなかった。

 距離を取って戦う、それが現時点で一番良い手立てだった。塩崎のツルをバリケードのように張り巡らせ、時間を稼ぐ。このまま彼女を捕まえ、場外へ放り出してしまえれば良かったのだが、塩崎のイバラでは純度の高い酸性液を防ぐには心許なかった。しかしながら、塩崎以上に遠距離戦に対応した“個性”の変身相手は居なかった。やはりプライバシーの侵害などと悠長なことを言っていないで、がむしゃらに変身のパターンを増やしていくべきかもしれない。
 名前が腕を引くと、蠢いていたイバラが段々とその動きを鈍らせていき、やがてぴたりと止まった。イバラのおかげで軽い切り傷こそできているものの、あれだけ跳ね回っても息一つ乱していない芦戸は、流石ヒーロー科と称すべきだろう。名前だって体を鍛えていないわけではないのだが、体力やスタミナも変身した相手に依存するので、彼女のそれとは比べるのは失礼だ。
 名前がどんな策を仕掛けてくるのかと考えているのだろう、芦戸は警戒を解かなかった。緊張の糸を張り詰めたまま、名前を見据える芦戸。彼女の体は自身の“個性”に耐えることができるよう、細胞が変化していた。しかし当然許容範囲があるわけで、名前が何をしているわけでもないのに、彼女の両手はぷすぷすと白い煙を上げ始めていた。――潮時だ。
 睨み合う名前と芦戸。仕掛けたのは、名前の方だった。



 一瞬で塩崎から鉄哲へと変身した名前は、体を最強の盾へと変化させ、イバラで作った道を一気に駆け降りた。迎え撃つつもりなのだろう、芦戸はその両の掌に、並々と溶解液を満たす。このまま走り込めば一溜りもない筈だ。しかし、名前は敢えて突撃を選んだ。
 戸惑いこそあれ、芦戸は的確に対応した。彼女は右手を振り翳し、名前に向けて液を放る。先ほどまでの攻防が功を奏した――再び名前が鱗になって無理矢理突破してくると思ったのだろう、芦戸は自身が放った溶解液が見えない壁を伝い、それが壁ごと粉砕されるのを目撃した。
 一度目の攻撃は円場になる事で防いだ。しかし二度目はこうもいかない。鱗や泡瀬のような身体能力の高さでカバーするのも良かったかもしれないが、名前は既に覚悟を決めていた。大丈夫、俺達にはリカバリーガールがついている。
 芦戸が放った強酸性の液体が顔にかかる寸前、再び名前は姿を変えた。
「――うっ」芦戸が思わずと言った調子で叫んだ。「う、うわあああああ! 生首イイイイイ!」

 ぱっと葉隠に変身してみせた名前は、その勢いを殺さぬまま角取に変身し、彼女の股の下を潜り抜けて後ろを取った。足払いを掛け、芦戸が膝をついたところですかさずその両手首を掴む。緩やかに爆豪へと姿を変えてみせれば、観客席のざわざわはついに最高潮へと達した。
「このまま肩折られるか、手首ごと爆破されるか、どっちか選べや」
 名前がそう言って足に力を込め、両腕を上方向へと動かすと(不思議なことに、あまり罪悪感は感じなかった。入試一位の人格が心配になってしまう。もちろん名前だって本気で折るつもりがない、パフォーマンスだからこそ、こうして愉しんですらいられるのだろうが)、芦戸は痛みに呻いた。先ほどまで名前を称賛しているようだったギャラリーも、ところどころ批判が混ざってきているように感じられた。
 痛みを堪えつつも、あくまで降参の意を示さない芦戸に、名前は眉根を寄せる。「わかったよ」


「降参だ」そう言って、名前は両手をぱっと放した。ミッドナイトが芦戸の勝ちを表明し、芦戸が目を白黒させて名前を見る。観客席からは先ほどまでとは逆の意味でざわめきが広がり、名前は何となく決まりが悪くなった。彼らから逃げるように、しゅるりと姿を変える。――変身した相手が物間だったのは、恐らく物間ならばこういう場面でも上手く口が回るだろうと、そう判断したからに違いなかった。決して悪気があったわけじゃない。
「君は知らないと思うけど、僕のこれ、結構体力使うんだよ。君の攻撃を掻い潜って勝つ自信は正直なかったし……さっきの発目さん? みたいに、自分の事アピールできたから、もう良いかなって思ってさ」
 まいった、降参だよ。そう笑って名前が手を差し出すと、芦戸は恐る恐るその手を取って立ち上がった。こうして、名字名前の雄英体育祭は幕を閉じた。

[ 778/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -