08

 心配しなくても、君は絶対にグリフィンドールに入るよ。と、名前が請け合ったのは記憶に新しい。フレッド達とよく似た顔立ちの、赤毛をした男の子は名前がそう言ってぐりぐりと頭を撫で回すと、嬉しそうに破顔した。


 開いた口が塞がらないとはこの事だ、と、名前は痛感した。
 実際のところ、名前は普段と変わりなく食事を続けていた。厨房の妖精達が腕を振るったであろう今日の御馳走は、いつも以上に素晴らしかった。名前の大好きなシェパーズパイもたっぷりと並べられている。隣に座るリーと一緒に、あのハリー・ポッターがどんな少年なのかという談義に花を咲かせている。思っていた通り、名前の弟はスリザリンに組み分けされたし、フレッド達の弟、ロン・ウィーズリーはやはりグリフィンドールになった。何もおかしなことはない。
 しかしながら、名前の心臓は今や張り裂けんばかりに脈打っていた。
 生き残った男の子がグリフィンドールになったからでも、戻ってきたクィレル先生がすっかり人が変わってしまったからでもない。むしろ名前は、ハリーがどうしてアバダケダブラを受けて生き残ったのかも、クィレルが巻いているあのターバンの下に何が潜んでいるかも知っているのだ。

 ――日本からの留学生で、うんちゃらかんちゃら。
 ハリーの隣、職員側の席に、東洋人の女の子が座っていた。今も、ハリーと一緒になって何やらくすくすと笑っている。

 あれ、夢小説の主人公じゃね?
 名前は生まれ変わってからこの方、自身が俗にいう夢小説の主人公のような体験をしているな、と、そう思っていた。生まれ変わって、大好きな小説の中の世界に入って。別に自分が「主人公」だと思っていたわけではないが、だからと言って少しも思わなかったわけじゃない。
 しかし、名前よりも遥かにそれらしい存在が現れた。
 驚きすぎてよく聞いていなかったが、リーが説明するには、一年生の組み分けが終わった後、特別に紹介され、改めて組み分けが行われた彼女は、日本からの留学生だという。名前は、名字名前。こっち風に言えば名前・名字になる。まったく聞き覚えのない名前だった。

 「名字名前」が「夢小説の主人公」なら、「名前・ノット」は一体「何」なんだろう?
 吐きそうになりながら、名前はシェパーズパイを喉に押し込んだ。


 名前が独自に調べたところによると、彼女――名字名前は、ハリー・ポッター、そしてロン・ウィーズリーとはホグワーツ特急で一緒になったらしい。今のところ、いつも三人で行動している。おそらく十月が過ぎた頃にはもう一人追加されてるんじゃないだろうか。「夢小説」ではよく見た展開だ(現時点でハーマイオニー・グレンジャーは大抵一人で談話室の隅に陣取っている。居た堪れなくなって構ってやれば、どうやら懐かれたようだ。名前の仲良しがあの双子のウィーズリーだと知ると、もちろんガリ勉少女は良い顔はしなかったが、フレッド達のことを悪く言ったりはしなかった。良い子だ、飴ちゃんをあげよう)。
 成績はどっちかといえば良いようだ(これはロンから聞いた。名前は、彼とはこの夏に知り合っていた。夏休み、ウィーズリー家にお邪魔したのだ。ロンの中で、名前は頼れる先輩ポジションに落ち着いているようで、嬉々として話を聞かせてくれた)。成績のことと、名前が年の割に落ち着いているところから鑑みるに、もしかすると彼女は退行トリップをしたのかもしれない。記憶や知識はそのままに、体だけ縮んで異世界へ飛ぶのだ。体は子ども、頭脳は大人――というやつだ。
 身寄りがなく、ダンブルドアが後見人となって、夏の間は漏れ鍋で生活しているらしい。これらの事は噂で聞いただけだから、おそらく事実はもう少し違っているのだろう。ただ、身寄りがないというのは本当のことに思えた。彼女が朝食の席で何かを受け取っているところを、名前は見ていなかったからだ。普通、一年生は二日目か三日目、必ずと言って良いほど手紙を受け取るのだ。家族からの。

 名前本人は、至って普通の――やはり退行トリップらしい、とても「十一歳の女の子」には思えなかった――女の子だった。しいて言えば、至って普通の日本人の女の子だった。相手が言いたいことを察しようとするし、空気を読むのが上手いし、要らないことは言わないし。彼女は突然話し掛けてきた「原作キャラではない同寮の先輩」にも特に変わりなく接していた。
 彼女は英語に堪能で、訳を聞けば、言語を自動的に翻訳してくれる魔法薬を調合してもらっているのだとか。なんとも夢小説らしい。その上で、自力で英語を話せるように英語の勉強もしているのだという。何というか頭が下がる。生まれ変わった名前はゼロから英語を習っていたわけだから、第二言語ならぬ第二母国語としてペラペラに話せるが、そうでなければどうなっていたことか。英語の成績は悪かった覚えがある。

 何かにつけても名前・名字を気にする名前は、いつの間にか名前のことが好きなんだと周りから誤解された。名前はどこか人を安心させるようなところがあるし、名前の他にも彼女に興味を持っている人間は何人か居た。名前の興味が異性への好意だと認識されていたとしても、さほど不思議なことではない。まったくもって不本意ではある。が、それはそれで良いのかもしれないとも思う。名前がフレッドのことを好きだとばれる可能性が低まるからだ。
「僕、けっこう名前のこと好きだな」
 と、フレッドがそう言わなければ、これほどまでに名前は彼女のことを気にしなかったかもしれない。例え名前が傍観者で、名前が物語の主人公だったとしても、別に彼女が彼女なりの幸せを掴んでくれればそれで良いのだ。
 もしもフレッドが、名前のことを好きになったら。
 そう考えるだけで嫌だった。そして嫌だと思ってしまう自分が、殊更嫌だった。


 名前は名前・名字とその周辺から距離を取り始めた。名前はいつでもハリーとロンと一緒に居て、やはり彼女こそが物語の主人公なのだろうと臭わせた。いや、仮に彼女がそういう夢小説の物語の主人公でなかったとしても、名前としては彼女とその周辺に近付き過ぎるのはあまり好ましくない。
 名前自身は特にこれといって問題はなかった。良い子だし、やっぱり普通の子なのだ。中身が日本人である名前は、ぶっちゃけ彼女と友達になりたいとも思っている。日本トークがしたい。日本語が喋りたい。
 ただ、名前が原作のハリーと同じように厄介事に巻き込まれていくなら、単なる顔見知り以上の何かになりたくない。ハリーやロン、ハーマイオニーにもそれは言える。やはり、最初からそうしておくべきだったのだ。フレッド達とも友達などになるべきではなかったのだ。
 今の名前にとって大事なのは、弟が――セオドールが立派な魔法使いになること、それだけだ。
 まあ、仮に名前が自分は元日本人で、記憶を持ったまま生まれ変わったのだと宣言したとすれば、一発で聖マンゴのお世話になること請け合いだろうが。

 名前と距離を置くということは、必然的にフレッドとジョージからも距離を置くことにも繋がった。悪戯仕掛人の二人は、日本からの留学生を殊更気に入ったらしいからだ。随所随所で彼女をからかっている場面が見られた。名前の方も大なり小なりの反応を示すものだから、双子もますます彼女をかまう。
 結果的には良かったのかもしれない。――このまま彼らと疎遠になってしまえば、七年後にフレッドが死んだと知っても、それほど傷つかないかもしれない。
 嘘だ、と心の奥底で声がした。しかし、名前・ジュニアは耳を閉ざす。親戚やスリザリン連中の非難を易々と聞き流してきた名前にとって、自分自身の声から目を背けることなど簡単なことだった。
 フレッド達とあまり関わらなくなってから、一月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。ハロウィーンにはトロールが現れ、仲良し三人組が仲良し四人組になった。



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