27

 飯田と二人、LUNCHRUSHのメシ処に並ぶ。何を食べるのかと尋ねれば、カレーライスにするつもりだと返ってきた。男の子っぽいメニューだ。順番が来て、飯田の次にカウンターの前に立てば、どうやら今日はランチラッシュその人がオーダーを聞いているらしかった。「白米? 白米?」と、心なしか期待を込めて尋ねてくるランチラッシュに、何故だか申し訳なく感じつつ「私もカレーお願いします」と口にした。オッケーと答える彼がどことなく気落ちしているような気がして、明日は定食にしようと心の中で決める。

 何を思ったのかは彼らのみぞ知るだが、緑谷と麗日は「私達今日は別の所で食べるね!」と早々にどこかへ行ってしまった。彼らは大抵三人で一緒に居るし、今日だって昼食を共にするつもりだったのだろう。妙な勘違いをされているのではと思いはしたが、名前は結局、彼らを引き留める事ができなかった。
 多分そんな事はないのだろうなあと思いつつも、飯田の隣に腰掛ける。いつも三人で食べているのかと尋ねれば、飯田はやはり、そうだと頷いた。
「三人で一緒に居るの、見たことある気がするなあ」
「俺は穴黒くんが食堂に居るところ、よく見掛けるぞ。君、いつも蛙吹くんと芦戸くんと食べているだろう」
「え、うそ」
「本当だ」
 飯田はひょいと肩を揺らし、そのまま食べ始めた。ちょっと恥ずかしく思いつつ、名前も彼に倣いカレーを口へ運ぶ。今日のカレーは辛口らしく、名前には少しばかり辛過ぎた。

 暫くの間、スプーンが食器に触れる音ばかりがその場に響いていた。時折水を飲んだり、もしくはオレンジジュースを飲んだりして、それからまたスプーンを口へと運ぶ。気まずいわけではなく、さりとて心地良いわけでもなく、微妙な距離感を保ったまま、無為に時間だけが流れていく。どう切り出していいものか考えながら、「辛いね」と名前は言った。既に皿は半分以上が空になっていた。
「苦手かい?」
 そんな事ないと思ってたけど、今日のはちょっとだめみたい。名前がそう呟くと、飯田は微かに笑ったようだった。そんな彼は既に食事を終えていて、ともするとこの場から去ってしまうかもしれなかった。名前は焦り始める。


 別に、絶対に聞かなければならない事ではないし(何せ、人気ヒーローが命を落としたという話は聞かない)、飯田が普通にしているのだから、名前だって普通にしているべきなのかもしれなかった。しかし声を掛けなければならないと思ったのだ。彼に何か、言わなければと。
 言わずに後悔するくらいなら、言って後悔する方が良いと、誰かが言っていた。
 意を決し、名前は「あの」と口を開いた。しかしながら飯田はそれを遮るように静かに言った。どうやら名前が何を尋ねようとしていたのか、やはり彼には正しく解っていたらしい――恐らく朝の時だって、彼はきっと解っていたのだ。「兄は無事だよ」

「テレビでは放映されていなかったかもしれないが……兄は怪我を負いはしたが、命に別状はないよ。危ないところではあったが……だから、別に穴黒くんが――」
 飯田は不意に、そこで言葉を区切った。「あ、穴黒くん?」
 不安そうな、どこか怖がってもいるような彼の声に、名前はハッとなった。それから必死に目元を拭う。
 新品の制服は、涙を拭うのには向いていないようだった。
 突然泣き出した名前に、飯田はひどく驚いたようだったが、やがてゆっくりと、名前の背中を上下に摩り始めた。

 どうして君が泣くんだと、飯田は困ったように言った。
 ――そんな事、私が聞きたい。
 名前だって、インゲニウムの無事を確かめる、ただそれだけのつもりで彼を昼食に誘ったのだ。もっと言うなら、明らかに空元気だった飯田を、少しでも慰められれば良いなと思った。それが、こんな――いくら刺激のあるものを食べて涙腺が緩んでいたとしてもあんまりだ。
 泣きたいのは飯田の筈で、辛いのだって飯田の筈だ。今の彼には無い筈なのだ、こんな、心配そうに名前を見る余裕など。
 どうしてこの人は、そう強がりなんだ。


 しかしながら結局のところ何も言えず、名前はただ「よかったね」とだけ口にした。すると飯田も小さな声で、「兄は幸せ者だな」と呟いた。その声には朝のような無理をした様子は感じられず、名前はひどくほっとする。
 すんすんと鼻を鳴らしながら強引に押し込んだカレーはやはり辛口で、名前はそれを食べ切るのに苦労した。飯田は黙って名前が食べ終えるのを待っていた。インゲニウムが無事で安心したのは確かだったが、別に彼を心配したわけではないのだと、口が裂けても言えなかった。

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