21

 障子達に連れられてやってきた先で、名前は目を瞬かせた。「あら、あと一人って名前ちゃんだったのね」と、蛙吹が意外そうな表情で言ったからだ。仲良しの蛙吹と同じチームになれて嬉しいと思う反面(普段から行動を共にしている者の方が、当然連携は取りやすい筈だ)、彼女と競いたいと心の内で思っていた名前としては、いくらか残念にも思った。
 しかし、名前と蛙吹、それから障子と峰田。どういう意図があってこの四人組になったのだろうか。さっぱり解らない。
 障害物競走でのポイントが理由かな、と名前は考えた。名前を含めた四人は皆、障害物競走で半分より上の成績を取っている。四人のポイントを合わせると555ポイントとなり、もちろん緑谷には及ばないが、かなりのポイントを所持する事になる。しかしながら名前よりも順位が上の生徒はまだ大勢居るし、それを理由に組を作るかとなると、聊か安直である気がした。

 名前が彼らと合流してから、すぐに時間切れとなってしまった。いよいよ、第二種目である騎馬戦が開始される。彼らにどういう策があるのか全く知らないまま競技を迎えてしまったが、クラスメイトであり今はチームメイトでもある彼らを疑う事は、ヒーローを志す者としてあまりにみっともない行いである気がした。それに――そもそも疑う理由もない筈だ。仲間を信じてこそ、ヒーローじゃないか。
 ――組にはそれぞれチームの生徒の名前が付けられ、観客席からも解りやすいよう常に電光掲示板にその名が載る事になっていた。名前達のチームは騎手である峰田の名を借りて、峰田チームだ(その峰田は、先ほど蛙吹に舌で叩かれていた。何があったのだろう)。
 名前はミッドナイトにポイントの書かれたハチマキをもらった後、蛙吹達の元へ戻ったわけだが、またも目を丸くさせる事になってしまった。
「ええと……」
 てっきり障子を先頭にして、蛙吹と名前で後ろを固めて騎馬を作るのかと思っていた名前だったが、騎手である峰田だけでなく、蛙吹まで障子の背に乗っているではないか。何となく、彼らがやりたい事に察しが付いた。確かに名前はそう体が大きな方ではないし、同時に峰田が騎手に選ばれた理由も伺える。同級生を二人その背に乗せても微動だにしない障子は流石だと思わざるを得なかったし、周りで普通の騎馬を作っている生徒達から不審げに見られていてやるせない。
「一応聞くけど……私も乗るの?」
「解ってるなら聞くもんじゃないわ、名前ちゃん」
 振り返った二人(と、一人の腕)からの視線が痛かった。名前が「失礼します……」と小さな声で呟き障子の背に乗ったのと、会場にプレゼント・マイクの声が響いたのは殆ど同時だった。「さァ上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!」

 跪いていた障子が身を起こしたが、やはりそれだけでもかなり揺れた。今は障子が中腰の姿勢まま、ジッとしているから良いようなものの、これで走り回ってハチマキを奪い合うとなると、かなり苦しい戦いになるのではないだろうか。
「あのさ、一応聞くけど……作戦は?」名前が言った。
 名前の前に座っている二人がちらりと後ろを振り返った。峰田がにやりと笑う。
「モチロン、1000万狙いよ!」
 グラウンドに騎馬戦開始の合図が響き渡った。しかし同時に、名前が冷静で居られたのはそこまでだった。突如暗闇が襲いかかり、周りの様子がさっぱり解らなくなってしまったからだ。


「えっ」名前の口から思わず声が漏れる。「えええええ」
 何が起こったのか――一瞬、他のクラスの生徒の“個性”によって視覚を奪われたのかとも思ったが、そうではない。障子が六本ある腕を全て上に向け、名前達三人を体ごとその触手の膜で覆ったのだ。もっとも全く見えないというわけではなく、かろうじて前方から微量の光が漏れていた。しかし、周りで何が起きているのかは少しも解らない。
 ――これが峰田の作戦か! 
 確かに、障子の巨体を生かして騎手をその腕の中に包み込んでしまえば、他のチームからハチマキを獲られる可能性はぐっと低くなるだろう。峰田の“個性”は遠距離にも対応できるし、蛙吹のそれも同様だ。名前は心底感心したものの、やはり何故自分が四人目に選ばれたのか、その理由は解らなかった。前も見えず、さりとて良い“個性”が使えるわけでもなく、ただただ障子の重しにしかならない筈だが。
 これ、私が居る意味無いんじゃあ……と名前が不安に思った時、後方から声がした。「穴黒、心配するな」
 それはまさしく障子の声で、名前は少しだけ飛び上がった(そして頭上にある障子の腕に頭をぶつけた)。どうやら複製腕が全て後方を向いているらしい。そしてその内の一つが口を形作ったのだろう。
「お前の“個性”と峰田の“個性”で敵チームを足止めし、蛙吹の“個性”でハチマキを奪う」
「いや……いやいやいや」名前は思わず口にした。「私、全然見えないんだけど」
「構わん。指示は俺が出す」
 名前は漸く彼らが“やりたかった事”の、その全貌を把握する事ができた。そして、その作戦の“穴”をもだ。
「あ、あのさ、一つ言いたいんだけど!」名前が大きく声を出した。前に座る二人が僅かに振り返る。「確かに私、触ってなくても、ちょっとは重力を操れるようになったよ? でも、それってすっごく難しいし、それにもし失敗しちゃったら――」
 焦って言葉を紡ぐ名前。それを遮ったのは蛙吹だ。
「大丈夫、名前ちゃんならできるわ」

 何を根拠に、と名前は言葉を失ったが、「動くぞ」という障子の声を前に何も言えなくなってしまった。どうやら障子が走り出したらしい。障子がしっかりと支えてくれているからだろう、意外にも名前達に走っている際の揺れはさほど伝わらなかった。むしろ、名前が普通に走るより速い速度で走っているのではなかろうか。聊か悲しかったが、落ち込んでいる暇はない。
 名前は前を向いた。切れ切れに光が差し込んでくる。頑張ろう、と小さく呟いた名前だったが、独り言のようなそれに力強い声が三つも返ってきて、微かに笑みを零した。

[ 240/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -