07

 ホグワーツの二年生になった名前・ノット・ジュニアは、毎日を満喫していた。魔法は相も変わらず素敵だったし、やっぱりクリスマスに家に帰りたくない。
 まあ、クリスマス休暇やイースター休暇はまだいいのだ。夏休みはひたすら苦痛だった。ここまでハリーに共感したのは初めてだった。学校が恋しいだなんて。愛すべき父親からは出来損ないだのなんだのとネチネチ言われるし、可愛い弟は実の兄を動くブボチューバーか何かだと思っているのが明白だった。名前は相変わらずへらへら笑っていたわけだが、別にそれだって、少しも辛くないわけじゃない。名前は幸運なことに、それほど馬鹿ではなかったのだ。こればかりは前世の十八年間と、出来の良い頭を授けてくれた新しい両親を恨んだ。三か月間だけ性悪スリザリンから離れられたのは嬉しいことだったが、身内はより強力だ。
 まあ、何はともあれ第二学年だ。名前だって間抜けじゃない。今はそりゃ、父親の機嫌を窺う生活をしているわけだが、魔法学校で七年間学べば、名前だって独り立ちできるだろう。名前は既に、家族に対する愛着を殆ど失っていた。残っているのは弟への愛情だけだ。父親のことは、同じDNAを持ったヒト科のオスくらいにしか思っていない。彼が名前に関心を失くすのも頷けるというものだ。
 ――やはり私は、彼の息子なのかもしれないな。
 名前はうっすらそう思う。もっとも思うだけだ。それ以上は何もない。
 上手い具合にも、ホグワーツでの名前は、親戚連中が言うような「間抜け名前」ではなかった。精神年齢からだろう、周りの友達からも教職員の面々からも、落ち着いた生徒で通っているし、父親には伝えなかったが、成績だって実のところ悪くはない。今だって、道に迷ったらしき下級生をグリフィンドール寮まで送っているところだ。頼れる先輩なのである。まる。
 多分――というか絶対、来年ホグワーツに入学する弟はスリザリンに入るだろう。当初の予定とは違うわけだが、彼は身内に関して(馬鹿な兄だ、とか何とか)苦労をすることはないんじゃないか。違う寮だし。むしろ父親からしてみれば、弟こそが誇れる息子になる筈だ。完璧だ。

 太った婦人に合言葉を言い、一年生を先に通してやりながら肖像画の穴をくぐると、途端に腕を引かれた。名前は転ばないようにするのが精一杯で、一年の女の子を気に掛けてやる余裕がなかった。彼女がぽかんと此方を見ているのが目に見えるようだ。体格も、力も、名前とフレッド達はそれほど変わりはしないのに、二人揃って引っ張られては、名前だって成すすべがない。
 談話室の片隅、人気の少ない席に押し込められてから(背凭れで少し頭を打った)、名前は改めて双子の顔を見上げた。フレッドもジョージも異様に興奮している。
「ついにやったぞ――」
「僕ら、やり遂げたんだ――」
「最高だ――」
「ねえ、おい、僕が双子の言語を理解できると思ってるなら大間違いだぜ。僕は君らの兄弟じゃな――」
「なんだ、ノリが悪いな」とフレッド。
「もっと喜んでくれよ」とジョージ。
「そりゃ、悪いな。君達は僕が最高に間抜けな奴だと思ってるかもしれないけど、僕は読心術なんて使えないんだぜ」
「ドクシンジュツって何だ?」
「こっちの話さ。それに、さっき肖像画をくぐってきたのが僕じゃなかったらどうするつもりだったんだ」
「その事なら心配するなかれ、だ」
 ちょっと冷静になったらしいジョージが言った。「僕らには秘密の地図があるのだ」
「地図――?」
「ねえ、本当に解らないかな?」
 フレッドが、期待を込めた目で、そわそわと名前を見やる。その熱の入った視線にドキッとするが、結局、名前は肩を竦めるに終わった。双子が何のことを言っているのかなんて、さっぱり解らなかったのだ。

「僕ら、ビーターになったんだ」

「――マジかよ!」
 名前が叫ぶと、双子はにやっとした。
「大マジだぜ」
「ついさっき、選抜が終わったんだ」
「身内贔屓とか何とか言われるかもしれないけど――」
「少なくとも今日居た連中の中じゃ、僕らが一番冴えてた」
「チャーリーのお墨付きだぜ」
「どっ――」名前は驚きすぎて、上手く言葉が出ない。「――ど、どうしてもっと早く言わないんだ!」
「そりゃ、君なら知ってるんじゃないかと思ったからさ」
「今日が選抜の日だったってことをね。名前は察し良いしな。僕らが受けにいくことは知ってたろ?」
「それに、『フレッド達なら絶対ビーターになれる!』って豪語してたの君だぜ」
 やれやれ、と、双子は首を振ってみせた。
「う、ワー、おめでとう! 二人とも、ほんとに、ほんとに――」
 おめでとう、と名前が言うと、二人は嬉しそうに笑った。

 僕らこれから手紙を書いて、パパとママに知らせてくるよと言って、双子は立ち上がった。相変わらずそっくりな二人を見上げながら、名前はふと気付く。
「君ら、まさか僕が帰ってくるのを待ってたのか?」
 そう尋ねれば、双子は頷く。
「君に一番に知らせたかったんだ、名前」
 驚いて口をパクパクさせれば、「珍しいこともあるもんだな」とフレッドが笑う。彼らの仕出かすことで、名前が驚くことは滅多に無いからだ。このことも、精神年齢が成せる業だろう。
「ど、どうして……?」
「どうしてって、そりゃあ」
 ジョージがちらっとフレッドを見た。同じように、フレッドもジョージへと視線を走らせる。
「君なら喜んでくれると思ったからさ」フレッドがそう言ってけらけらと笑った。

 リーにどうしたんだと焦られるくらい、呆然としてソファに座り込んでいた名前は、やがてよろよろと立ち上がった(ちなみに、リーは既に部屋に戻っている。別に名前の顔が赤いのは風邪を引いたせいではないし、名前の様子がちょっとだけおかしいことより、フレッドとジョージがビーターに選ばれたことの方が、ずっと重要だったからだ。今頃部屋で馬鹿騒ぎに興じているだろう)。
 フレッド達に、お祝いのバタービールでも持って行ってやろう。偶然にも、名前は厨房の存在を知っているのだ。場所も大体覚えている。映画では該当シーンはなかったが、屋敷しもべ妖精がわらわらと寄ってくる光景は想像に難くない。もちろん、いつの間にか忍びの地図を手に入れていたらしい悪戯仕掛人達だって、厨房の存在どころかその位置や入り方まで知っているだろうが、彼らが大量のお菓子を持って部屋に戻ってきたことはまだなかった。ひょっとすると厨房から食べ物を持ってくることがひどく簡単なのだということは知らないのかもしれない。
 一時間後、名前は寝室で開かれたフレッド達のお祝いに参加していた。



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