淡泊

「じゃあ、君達三人は逃亡中なのか。長いのかい?」
 テッドが尋ねると、ダーク・クレスウェルと小鬼の二人はそれぞれ頷いた。
「六週間か……いや七週間……忘れてしまった。すぐグリップフックと出会って、それから間もなくゴルヌックと合流した」
 仲間がいるのは良いものだ、としみじみ呟くダークに、テッドも首を振ることで同意した。
 小鬼連絡室の室長と出会ったのは、実に幸運だった。もちろん、三人と偶然顔を合わせたことは大きな幸運に違いない。ただそれ以上に、彼らとの遭遇はテッド達の防衛呪文の穴を如実に示してくれた。死喰い人の連中に鉢合わせする前に気付けたことは、より大きな幸運と言えるだろう。

 テッドは、ダークに今までの経緯を話した。「――それで、この二人と出会ったわけだ。二、三日前だったかね?」
 そう話を振ると、彼らはそれぞれイエスの返事をした。二人ともやっと成人したばかりの若い魔法使いだったが、よく働くし、何より自分の意思をしっかり持っていた。テッドは彼らを気に入っている。
 ダークがマグル生まれなのかと尋ねると、まずディーン・トーマスが返事をした。彼は自分は確かにマグル育ちだが、両親共にマグルなのかどうかは解らないと言った。
「父は僕が小さい時に母を捨てました。でも魔法使いだったのかどうか、僕は何の証拠も持っていないんです」
 あっさりとそう言い放ったディーンに、ダークはおろか、テッドも何と言えば良いのか判断に困った。彼らについてテッドが知っていたのは、二人が自分と同じようにマグル生まれの登録を拒否したということだけだ。
「俺も似たようなもんです」名前・名字がディーンに続いた。どうやらテッド達が答えに迷っていることには気付かなかったらしい。「マグルの病院で生まれたらしいが、それ以外は解らんのです。実の親は赤ん坊だった俺を捨てたんでね」
 まあ多分マグル生まれなんじゃねえかなと肩を竦めてみせた名前に、ただ一人、ディーンが「それじゃ僕らは似た者同士だな」と笑ってみせた。
 この二人がホグワーツでもそれなりに付き合いがあったらしい事は、今までテッドにある種の安らぎをもたらしていた。二人がごく普通の十七歳の青年らしく振舞っていると、何としてでも無事に生き延びなければならないと思えるのだ。しかし、この場では気まずいだけだった。
 テッドは今まで、彼らが自分と同じマグル生まれの魔法使いで、だからこうして逃げ回っているのだと思っていた。現実はそれ以上に悪い。自分の出自さえ明らかでないという彼らは、今回のマグル生まれ登録に関してより辛い思いを味わったに違いなかった。今の魔法省は疑わしきを罰している。
 恐らく、ダークもテッドと同じく気まずい思いを味わっていたのだろう、「そりゃ、大変だったな。ひどい輩も居たもんだ」と神妙に頷いてみせた。これが間違いだった。
「ま、人狼の赤ん坊なんて捨てて当然だろうな」
 ごく自然にそう言い放った名前に、暫し会話が止まった。

 名前という青年は、狼人間だった。無論、テッドはそれを承知していた。この誠実な青年は、出会ったその日にそれを打ち明けたのだ。
 テッドは自分が差別をしない人間だなどと言い張るつもりはない。正直なところ、以前のテッドなら、何のかんのと理由を付けて二人と別れたかもしれなかった。そうしなかった理由は、ここ数ヶ月の生活を変えたかったからだ。いつ誰に襲われるかという恐怖に晒されたまま、ずっと一人で過ごしているとどうにかなってしまいそうだった。幸いなことに、名前はまだ一、二ヶ月分の脱狼薬を持っているらしい。狼人間は満月の時以外はごく普通のヒトなのだ。もし薬が切れたら、切れた時に考えれば良い。成人した魔法使いが二人――ダークを加えて三人――居るわけだし、何とかなるだろう。
 しかし――それ以上に、リーマス・ルーピンの存在が大きかった。


 名前を見るたびに、テッドはリーマスを、ひいてはニンファドーラのことを思い出した。
 ニンファドーラが恋人として連れてきた男は、名前と同じく狼人間だった。テッドはそれまで、人狼などという生き物は自分に関係ない、何か別の世界の存在だと思っていた。もちろん狼人間になってしまった者に対し、同情はする。憂いもする。しかし、それらはテッドにとって全て対岸の火事だった。まさか五十を過ぎてから自分が関わり合いになるとは、思ってもみなかった。
 ――返事を渋るテッド達を前に娘は言った。彼が何者であろうと、自分は愛しているのだと。
 テッドは彼女の目に、かつての妻を見出していた。マグル生まれの自分と一緒になる為、全てを捨てた妻のことを。ニンファドーラが何を言っても聞かないだろうとは解っていた。アンドロメダも同じことを考えていたらしく、誰に似たのかしらと苦笑していた。

 リーマスという男は、一言で言うならば良い人間だった。思い遣りがあって、博識で、勇気がある。それにユーモアのセンスもあるとくれば、テッドが気に入らない筈もなかった。まあ、ニンファドーラとは多少年が離れすぎているかもしれないが、それでもだ。彼が娘のことを大切に想ってくれていることは一目で解ったし、狼人間であるということを除けば、彼は完璧だった。
 世間体や金銭的問題、何より孫の事――問題は沢山あった。リーマスが家に来た時、テッド達が真っ先に考えたのはそれらの問題点についてだった。そして、リーマスもそれを承知していた。狼人間の厄介は熟知している、あなた方にどんな影響を及ぼすのかも解っていると。
 テッドにニンファドーラの結婚を認めさせたのは、彼の目だった。リーマス・ルーピンという男は、娘との結婚を認めて欲しいと頼みに来た割に、最初から結果を諦めているような雰囲気があった。よくよく観察しなければ解らないものだったが、テッドは彼の目から諦観にも似た何かを感じ取っていた。
 後になって話してみれば、リーマスは是が非でもニンファドーラと結婚するつもりだったという。もちろん、彼が娘の強引さに感化されていたのは間違いない。リーマスは冷静に自分のことを見ていたので、もしかすると、相手がニンファドーラでなければ結婚まで踏み切らなかったかもしれない。しかし――彼の目には確かに諦めの色があった。少なくとも、テッドはそう感じた。
 思うに、リーマスという男の一生は諦めが積み重なってできたものだったのではないだろうか。そしてそれが、自然と目にも表れていた。
 数々の挫折を繰り返してきた男が、本気で娘と一緒になりたいと願っている。だからこそテッドは思ったのだ――彼になら娘を任せても良いのではないかと。

 出会ってすぐ自分は狼人間だと打ち明けた名前の目にも、リーマスと同じ諦めがあった。


 これは全くの偶然だったが、ダーク・クレスウェルという男は魔法生物規制管理部に勤めており、狼人間の特性についても熟知していた。つまり、扱いさえ間違えなければ、人狼が安全な存在だということを彼は知っていたのだ。小鬼達の方は人狼を嫌っている風ではあったものの、自分達が狼人間に襲われることがないからだろう、あまり嫌悪感を示さなかった。彼らは皆、狼人間と行動を共にすることを承知した。
 一人が三人になり、三人が六人になった。
 あんたが居たら心強いが無理にとは言わない、そう口にした名前は、最初からテッドが自分を拒否することを視野に入れていた。そういった扱いは慣れている、当然のことだと彼は笑う。そんな彼を支えてやりたい、テッドはそう思った。皆が皆、狼人間を差別するわけではないのだと、そう伝えたかった。
 もちろん、これを伝えたい一番の相手は彼ではない。
 名前に声を掛ける度、テッドは娘が幸せでいてくれるよう願わずにはいられなかった。

 話題がなくなり、皆が黙々と食事を続けていた時、不意に名前が言った。寡黙な彼は、自分がマグル生まれなのかどうか解らないと言った時以来、殆ど口を閉ざしていた。
「知らねえ奴の匂いがする」
 テッドが名前を見遣ると、彼はマグを手にしたまま明後日の方向を眺めている。高い鼻がひくひくと動いていて、あたかも匂いの在り処を嗅ぎ分けようとしているようだった。「女も居る気がする」
 小鬼が顔を見合わせた。どちらも訝しげな様子だった。ダークが困惑し切った視線を寄越したが、テッドはそれを無視し、「キャンプには少し遅いんじゃないかな」とだけ言った。名前自身、自分の嗅いだ匂いに確信は持てないらしかった。しかし結局、テッド達はその日の内に場所を変えることにした。ちょうど雲行きも怪しくなってきたところだったし、後片付けを終え、人の居た痕跡を消し去ると、六人は姿をくらました。

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