羨慕

 名前・名字という生徒は、ルーピンにとって少しだけ特別な生徒だった。
 ルーピンは今まで、自分と同じ境遇の人間に出会う機会に恵まれなかった――つまり、狼人間とだ。まあ、人狼の絶対数が少ないことも関係しているのだろう。しかし、子どもの人狼に会ったのはこれが生まれて初めてかもしれなかった。自身を除いてだが。狼人間の増え方からして、子どもの人狼はあまり居ない。狼人間に襲われて生き残るのは、もちろん、子どもより大人の方が可能性が高い。
 ルーピンはホグワーツに入学した初めての狼人間だった。名前は二番目だ。彼は今年三年生なので、ちょうどハリーと同い年の筈だった。――だからかもしれない。ルーピンは時々思ってしまうのだ。もし自分に息子が居たら、こんな感じなのだろうかと。

 再びホグワーツに訪れてから、既に二ヶ月ほどが経過していた。十数年前と違い、今度は教師としてだった。誰かに何かを教えるという職が果たして自分に適しているのか、ルーピンには判断が付かない。ダンブルドアには彼なりの考えがあるのだろうとは思うし、実際のところ、就職に悩まされる身として彼の厚意は有り難かった。例の反人狼法が出来てからというもの、ルーピンの就業はますます困難なものになっていた。――しかし、それとこれとは話が別だ。
 教育者として不適切な問題を抱えていることは元より、自分が生徒達にどれだけの手助けができるのか解らなかった。魔法生物を実際に教室に連れて来てみたりと工夫を凝らしてはいるが、それがどれだけの効果をもたらすのかは不明瞭だ。自分の授業を受け何かを掴み取って欲しい、そう願う日々ばかりが続いていた。

 マグル界と違い、魔法界では教鞭を取るに辺り特別な資格は必要なかった。しいて言うなら、魔法教育を受けてさえいればいい。ルーピンはホグワーツを卒業した身であり、そういう意味では闇の魔術に対する防衛術の教師として申し分ない。しかし未成年の魔法使い達を大勢相手をするのは何とも難しかった。こういう時、やはり児童を教育する為の特別な資格が居るのではないかと思う。防衛術は一年生からの必須科目だから尚更だ。
 設問の意図を理解していないらしいレポートと睨み合いながら、ルーピンは仄かに甘い紅茶を啜った。
 ルーピンはさして甘いものが好きではなかった。嫌いではないが、特別好きなわけでもない。しかしここ最近、どうも多めに砂糖を加えてしまう。やはり、慣れない教師生活に疲労が溜まっているのかもしれなかった。それとも――城の外を吸魂鬼がうろついているからだろうか。彼らが何を求めているのかを考えると、ルーピンはいつでも鉛を飲み込んだような気分になる。
 ルーピンの眉間に薄っすら皺が寄った時、自室の扉が静かにノックされた。コリン・クリービーのレポートを元の場所へ戻し、ルーピンは来訪者を出迎えた。戸口に立っていたのはハッフルパフの三年生、名前・名字だった。
「やあ」
 そう声を掛けると、名前は小さく会釈をした。いつもと変わらない仏頂面だ。しかしそんな彼の様子に、ルーピンは自然と頬を緩ませた。


「紅茶はいるかい?」ルーピンが言った。「ティーバッグだけどね」
 問い掛けながらもルーピンは既に新しいティーカップを用意していた。名前がこの部屋に来るのはこれが初めてではなかった。想像通り、彼は「いただきます」と口にした。普通なら聞き逃すほどのごく小さな声量だったが、ルーピンは生憎と普通ではなかった。そして、名前もそれを承知している。
 ルーピンが名前のことを狼人間だと知っているのと同じように、名前もまた、ルーピンが狼人間だと知っていた。
 もっとも、名前がその事を知ったのは、何も彼が自分で気が付いたわけではない。自慢ではないが、ルーピンは自分の正体を隠すことには慣れている。ホグワーツに在学している時だって、その事に気が付いたのは僅か数人だ。名前は決して頭が悪いわけではなかったが、今学期が始まってから満月はまだ一度しか来ていないし、ルーピンが狼人間だと見抜くには判断材料が足りなかっただろう。それに同じ寮で四六時中一緒に居るならともかく、二人は生徒と教師の間柄だ。よほど観察眼に優れていなければ、ルーピンが狼人間だと気付くことは不可能だった。
 ――ルーピンが自分からばらしたのだ。自分は狼人間だと。

 カップを受け取った名前に、「最近はどうだい?」と問い掛けた。彼は少しだけルーピンに視線を寄越したが、無言で頷いた。良くも悪くもないということだろう、ルーピンはそう解釈した。名前は口数が少なかったが、決して悪意があるわけではないし、ルーピンも無理に喋らせようとは思っていなかった。黙って紅茶を飲む名前に、ルーピンも同じように紅茶を口にした。すっかり温くなっている。
 自分の秘密を彼に打ち明けたのは、何も特別な理由があるわけではなかった。ただ、先にも言ったように、ルーピンにとって名前・名字という生徒は少しだけ特別な生徒だった。ハリーとはまた別の意味での特別だ。ルーピンにとって、名前はいわば仲間であり、友だった。
 ルーピンは名前という少年に、過去の自分の姿を見ていた。どこか一線引いたような態度で友人に接している彼に。

 もしも彼が昔の自分と同じように、親しい友達にも――いや、親しい友達だからこそ秘密を打ち明けられないのであれば、自分だけでも彼の友達として側に居てやりたかった。

 時々、ルーピンはこうして名前を自室に招く。それは教師として生徒達の様子を知りたいからでもあったが、同時に、名前に自分に理解者がいることを知っておいて欲しかったからだ。
 狼人間には狼人間にしか解らない悩みがある。名前は自分の気持ちを口にするのを苦手としているようだったが、やはりそうした愚痴を吐き出したい時もあるようで、ルーピンの話に力強く頷く時もあれば、稀に二言三言口を利くこともあった。

 ルーピンには子どもが居なかった。所帯を持ちたいとは考えていなかった。狼人間に対する差別は、そのままその家族へも向けられる。自分と一緒になった誰かが、自分のせいで傷付く――そんな事には、ルーピンには耐えられなかった。学生時代でさえそうだったのだ。狼人間だとばれたらと思うと、気が気ではなかった。「行儀の悪いふわふわが居てね」などと、誰しもが口にできるわけではないということを、ルーピンは正しく理解していた。
 もしも、仮にそんな事を気にしないという人間が万が一に居たとしても、自分の子供が狼人間になるかもしれないと思うと、ルーピンはその一歩を踏み出せなかった。
 名前を見ていると、自分の選択が正しかったことを実感できるような、そんな気がした。


「そういえば」ルーピンが言った。「今度の日曜日はホグズミード休暇だったね」
 ふと思い出し、そう口にした。近頃、休み時間中に生徒達の口に上るのは、今年初のホグズミード休暇のことばかりだった。現在、学校の外に出るには吸魂鬼の側を通らなくてはならないが、どうやらホグズミードの魅力は何物にも代え難いものらしい。名前は少しの間を空けた後に頷いた。どうやら今まで忘れていたらしい。しかし先程に比べ彼の表情は明るくなっていて、楽しみにしていないわけではないらしかった。
「満月はまだ少し先だし、存分に楽しんでおいで。三年生ともなると、勉強も大変だろう? あそこは学校とは違う刺激があって、楽しいよ。私のお勧めはハニーデュークス菓子店だ。ぜひ行ってみると良い」
 ルーピンがそう言って笑うと、名前は頷いた。どことなく嬉しそうに見える。珍しくも彼が口を開こうとしたその時、ノック音が鳴り響いた。返事も待たずに扉を開けたのは、同僚のセブルス・スネイプだった。彼は部屋の主と客人を見比べると、眉間に深く皺を寄せたため、ルーピンは小さく苦笑した。

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