06

 少年が二人、庭園に設けられた東屋で肩を並べていた。どちらもがホグワーツの入学年齢に満たない、幼い子どもだった。傍らには屋敷しもべ妖精が用意した、上等な紅茶と焼きたてのクランペットが並べられている。
 白い孔雀が薔薇の園を横切って行く。
 斜向かいに座る幼馴染みが、呆気にとられている様をまじまじと見ていた。自分もあの孔雀を最初に見た時は、たいそう驚いたものだ。父の趣味はどこまでいくものかと。普段年の割に冷静な彼が、こうしてぽかんとした表情を曝け出しているのは、ちょっとおかしかった。
 少年は、この時間が嫌いではなかった。そりゃ、彼は自分と違って箒がそれほど好きではないから(そう、魔法界の少年としては珍しく、この幼馴染みは箒が好きではないのだ。希少価値だ)、一緒にクィディッチを楽しむということはできない。ただ、こうして彼と静かに時を過ごすのはそれほど嫌ではなかった。少年達を追い出した大人達は、彼らなりにお喋りを楽しんでいるんだろう。
 ふと、ドラコは思い出した。
「名前は一緒じゃないのか?」

 その言葉を聞いたセオドールの顔が、一瞬にして歪んだ。


 ドラコはその変化に驚いたものの、何気ない調子で会話を続けた。
「今は夏休みだろ? 家に帰ってきてるんじゃないのか?」
「家には居る」随分と素っ気ない返事だ。
「あんな家の恥、僕は視界に入れたくもない」
 吐き捨てるように、セオドールはそう言った。
「……ふぅん」ドラコは呟いた。「そういうものかねぇ」
 彼の兄、名前・ノット・ジュニアはドラコ達よりも二つ年上の魔法使いだった。去年、ホグワーツ魔法魔術学校に入学した筈だ。ドラコとセオドールは親同士の関係上、幼馴染みの関係だった。そして同じように、名前とも幼馴染みだ。ドラコは昔から彼を知っている。周りの連中に比べると――なんというか――螺子が二、三本抜け落ちているような少年だった。多分、昔からの知り合いでなければ、ドラコは彼を軽蔑しただろう。スリザリン家系の中に生まれ、スリザリンに染まらない彼のことを。マグルや穢れた血の話題を出す時、名前は否定はせずとも困ったような顔をする。その事を、ドラコは知っていたのだ。
 ただ、前述したように彼とは幼馴染みの関係だった。ドラコは名前のことを、口で言うほど嫌いではなかった。好き嫌いの激しい、どちらかと言えば嫌いなものの比率の方が大きいドラコにとって、それは珍しいことだ。彼は使える所がない代わりに、害になる所もない。そう、嫌いではないどころか、むしろどちらかと言うと好きな方だった。幼い時分には、どうして自分には兄が居ないのかと歯痒い思いをしたものだ。今だって、その気持ちに然程変わりはない。

 しかし、セオドールにとってしてみれば、決してそうではないらしい。
 ホグワーツに入学した名前は、グリフィンドール寮に組み分けされたという。その事が原因だろう、元から危うかった彼らの兄弟仲は修復不可能なほどまでに壊れてしまった。ドラコは去年の夏以来、名前に会っていない。ただ、彼の害のない、気の抜けた笑みはすぐに思い浮かべることができた。
 兄弟っていうのは、色々複雑なんだろう。
 一人っ子のドラコはそう思う。正直なところ、名前がスリザリンに組み分けされないだろうことは、ドラコには想像がついていた。「そういう例」をいくつも知っているからかもしれない。近いところで言えば、母の姉やその従弟だろうか。しかしスリザリンに組み分けられなかった彼のことを、ドラコは何故だか好ましく思っていたのだ。多分だが、名前は本質的にスリザリンとは違っている。まあ、グリフィンドールだとは思わなかったが、それはそれで名前らしいのかもしれない。
 そして、セオドールにはそれが許せないのだ。弟、だからなんだろうか。ドラコにはいまいち解らない。解ることといえば、セオドールが実兄を嫌悪しているということと、これ以上この話を続ければ、彼の気分を害すということだ。、

 ドラコがぱちんと指を鳴らせば、ティーポットが浮き上がり、独りでに給仕を始める。
「君、前はずっと名前の後をついて回ってたじゃないか」
 そう言ってやれば、セオドールはますます顔を顰めた。ドラコだって、彼の機嫌を損ねるのは本意じゃない。肩を竦めながら、彼の視線から逃れるように紅茶を口に含む。その、ちょっとだけ眉を寄せた顔が名前によく似ているのだと言えば、セオドールは怒り出すのだろう。だからドラコは口を噤む。別に名前のことはさして嫌いじゃないが、彼とセオドールなら、セオドールの方が大事だ。それだけのことだった。



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