友情と努力と勝利とを君に

 最初の出会いは深夜のコンビニだった。
 その週のジャンプが土曜日に発売だった事を思い出したのが、布団に入ってからちょうど十数秒後。今日がその土曜だった。月曜が祝日で、月曜発売のジャンプが二日早く売り出される日。もっともすぐに日曜になるような時間ではあったのだが、土曜日には違いない。
 思い出してしまったのだから、気になってくるのは人の性というものだろう。別に絶対に発売日に手に入れなければならないというわけではない筈だが、ここで再び寝るのは真のジャンプっ子と言えないような気がした。銀時は押入で寝ている筈の神楽と、ソファを陣取っている定春を起こさないよう手早く着替え、近場のコンビニへと足を向ける。
 不機嫌そうな顔でレジに立つ店員の居る店内には、運良くジャンプが一冊だけ売れ残っていた。銀時はすぐさまそれに手を伸ばす。しかし、差し伸べられた手は一つではなかった。
「あらら……お兄さんもジャンプですか?」
「あれま……あんたもジャンプ?」
 同時に伸ばされた腕が同時に動きを止め、その腕の持ち主達は同時に口を開いた。そして一瞬の沈黙。それから先に口を開いたのは、女の方だった。
「じゃあ仕方ないですね。これ一冊しかないようですし、お兄さんにお譲りします」
 あっさりとジャンプを諦めた女に、銀時は少々面食らった。銀時は以前、一冊のジャンプを奪い合ったことがあった。その時は手違いの赤丸だったわけだが。お互いに、最後の一冊だったジャンプを決して譲らなかった。
「……え? いいの?  俺コレ三件目だけど、もうないかもよ今日は」
 三件目、というのは咄嗟に口から飛び出してしまった嘘だった。口から生まれたとはよく言われるが、少しも気にしていない風の女の顔を見ていると、大人げなく嘘までついてしまったことに恥ずかしさを覚える。
「いいですよ。もともと兄に言われて来ただけですし。売り切れてたって言いますから」
「マジでか。お兄さん怒っちゃうんじゃない?」
 いいですよと女は再び口にし、それから微かに笑った。「自分で買いに来なかった兄が悪いんですから」
 それに私、マガジン派なんですよ。そう言って、女はマガジンを手に取った。身代わりにしよう……と小さく呟くのが聞こえた。見知らぬ兄貴への憐みは感じたが、こんな夜中に女一人をパシリにしている事と、それ以上に買いに来ている本人がさほどジャンプに執着がなさそうな事とが合わさり、銀時はあまり後ろめたくは思わなかった。それでは、とそう言ってその女は立ち去った。
 それが、何故か今でも鮮明に思い出す事ができる最初の出会い。

 二度目の出会いは昼間のコンビニだった。
 ジャンプの代わりにマガジンを買っていった女と会ってから数ヶ月が経っていた。あれ以来、わざわざ深夜のコンビニに足を向けた事もあったが、その女とは出会わなかった。中学二年の男子生徒か俺は、と銀時は自分でも思ったのだが、また会いたい、そう思ってしまったのだから仕方がない。
 仕事帰りに、今日はジャンプの発売日だったなとふと思い出し、原付を表に停め店内に入った。再会は唐突だった。
 雑誌コーナーに目をやり、銀時は目を見開いた。あの女が、居た。ジャンプを手に取っている。ついでにその日は、最後の一冊ではなかった。銀時の視線に気付いたのか女は顔を上げ、銀時の方を向いた。
 心臓が高鳴った。俺もまだ若いなと思いながら、よお、と声をかけた。その声さえも震えてはいなかっただろうか。銀時は、自分の顔がどうぞ普段通りの覇気のない顔でありますようにと願っていた。
「なになに? あんたもジャンプ?」
「あんたもって事はお兄さんも、またジャンプなんですね」
 そう言って女はくすりと笑った。それだけで、銀時の心臓の動きは早くなった。
 お兄さんも、またジャンプなんですね。
「最近ワンパークから目が離せなくってよ。仕事帰りに思わず寄っちまったよ」
「ワンパーク? ……あぁ、面白いですよね。いつ読んでも面白いんだから反則ですよね。絵柄も可愛いし。でもまぁ私は、ムキムキしてるギン肉マンの方が好きですけどね」
「マジでか」
 冗談とも本気ともつかない言葉に、二人は小さく笑い合った。
「それでは私はこれで」
 二言三言言葉を交わした後、その女はそう言って、ぺこりと頭を下げた。その日も彼女は、兄に言われてジャンプを買いに来ただけらしい。レジに歩いていく女を見送りながら、妹を使いっ走りにしている未だ見ぬ兄に、銀時は感謝した。
 顔を覚えてもらっていただとか、控えめに笑うその顔だとか、ジャンプを両手で抱えている小ささだとか。その全てに銀時は年甲斐もなくどきどきした。男はいつまでも少年とは言うが、それは本当だったようだ。
 その時はまだ、名前すら知らなかった。


 三度目に出会うまでには、それほど時間は経っていなかった。
「銀さァアアァァん! 会いたかったわ銀さん! 最近全然会えなかったものだから今か今かと身悶えしてたのよ! ああ銀さん!」
 万事屋に一人の女の声が響いている。
「オイィィィそれ銀さんじゃねーよ! ナメてんのか! 銀さんの体中そんなふっさふさだとでも思ってんのか!」
 始末屋さっちゃんが定春に抱きついていた。これは万事屋銀ちゃんで時折見られる光景だ。さっちゃんは流石忍者と言うべきなのか、気が付いたら銀時の側に居る。彼女がこうして万事屋に不法侵入してくるのも、今日が初めてではなかった。
「ちょっとちょっと。さっちゃんさんも、ホラ、それ銀さんじゃないですよ。定春ですから」
「うっさいのよ眼鏡が。一々嫉妬しないでくれる? この万年中学二年生が」
「オイィなんか僕が留年しまくってるみたいだからやめてくれません?! 確かに寺子屋中退ですけども! ってかやっぱり僕にだけSぅううう!」
「うっせーヨ駄眼鏡。人のラブシーン見て発情するなんて。昼ドラでも見て出直して来な」
「神楽ちゃんまでSぅぅううう! さっちゃんさんは頭文字Sだけども! 何コレ! 僕の周りにはSな女性しかいないの!?」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ面子に、銀時は小さく溜息を吐いた。そしてその時、唐突に別の女の声が耳に届いた。
「さっちゃん先輩、追いてっちゃいますよ」

 ばっと振り向いた先に居たのは、銀時が会いたいと思っていた女だった。
「やぁね名前。私は今、銀さんと愛の営み中なの。邪魔しないで、今良いところなんだから」
「ハァ……すんません」名前と呼ばれた女は無表情に謝った。
 さっちゃんが自分と愛の営みをしているつもりらしい事とか、不法侵入者が実は二人だった事だとか、もうどうでも良くなってしまった。
 女が銀時を振り返った。「あれ」
「センパイの言ってた『銀さん』って貴方だったんですね。どうも、ご無沙汰してます」
 銀時に気付いた名前が、ぺこりと頭を下げた。
「何!? 何なの!? 名前、あんた銀さんと知り合いだったの!? 酷いわ! 知ってるわよ! どうせあたしを騙して愉しんでたんでしょ! 知ってるんだから!」
「センパイ、違います」名前は先程と同じく無表情だ。
 ふと気付けば、コンビニで出会った女は、忍者の服装をしていた。さっちゃんと同業者なのかもしれなかった。話している様子から考えてみれば、先輩と後輩なのか。彼女が口を開くまで、その存在に気付けなかった事も頷ける。
 コンビニで会うだけの関係だったが、彼女が忍者だという事に銀時はひどく驚いていた。名前は人の好さそうな顔をしているし、とても忍者にだなんて見えない。しかし忍装束は彼女によく似合っていた。

「銀ちゃーん、こんな美人な忍者っ娘と知り合いだったアルか。よっぽど忍者でうっふんあっはんが好きネ。男の風上にもおけねえや」
「ちっげえぇぇ! 俺も今初めて知ったっつーの――あんた忍者だったんだ?」
 神楽の聞き捨てならない言葉にしっかりとツッコんでから、銀時は名前の方を向いた。やべえ俺、今すっげえ緊張してる。普段通り普段通りと内心で唱えながら、銀時は名前が喋るのを待った。
「はい、親が忍者だったんで。今はさっちゃんセンパイと一緒に始末屋やってます」
「へえ……あ、万事屋やってます坂田銀時です」
「銀時さんの話はセンパイからよく聞いてますよ」名前がそう言ってうっすらと微笑んだので、銀時の胸が高鳴った。「類い希なるS心をお持ちの恋人さんなんですよね?」
「……………ちげえええエエエ!」
 銀時の渾身の叫びが、万事屋に響き渡った。ただでさえ五月蠅くしていたし、もう家賃を三ヶ月払っていない。たまを引き連れたお登勢が憤怒の形相で怒鳴り込んできたのは、銀時が名前の誤解を解こうと奮闘していた時だった。



「あっ」兄が小さく声を漏らし、名前は彼の方を向く。「お前これまたマガジンじゃねーかァァ!」
「マジでか。ごめんね兄さん。うっかりしてた」
「謝るならちゃんと謝れや! 何がうっかりだコノヤロー! てかゴリゴリ君囓りながら言うなや!」
 ええーもォォ……と、全蔵は溜息を吐いた。しかし彼はぶつぶつと呟きながらも、そのままマガジンを捲り出す。もう二度と名前にゃ頼まねー、と毎回(名前がマガジンを買ってくる度に)兄は言うのだが、それでも次の週になると全蔵は、再び名前にジャンプを買いに行かせるのだ。そしてその度に自分でジャンプを買いに行く。そんな事をしているから残り一冊のジャンプの為に大人げなく取り合うことになるのだ。
 名前はそんな兄を、ちらりと横目で覗き見た。
 実は名前は、此処最近コンビニへと足を向けるのが楽しくなってきていた。なんだかんだで一番にジャンプを読ませて貰えるし、コンビニの新商品をすぐに知る事ができる。それに、毎週欠かさずにジャンプを買っているらしい銀髪の兄ちゃんとも知り合いになれた。
 類い希なるS心を持つ男改め坂田銀時は、名前が想像していた以上に面白い人だった。彼と他愛ない話をしているのは楽しい。男友達の少ない名前にとって、彼のような存在は貴重だった。名前はひっそりと笑い、残りのゴリゴリ君を口に入れた。

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