駆け引きにもならない

「竹谷君、やっぱり、好きな人とか居るのかな」
「うーん……どうしてそういう風に取るのか、僕には解らないんだけど………」
 私の隣で、不破君がうんうんと唸っている。彼を悩ませているのは私だ。いつもいつもそうだ。私は、不破君の優しさにつけ込んでいる。
 不破君は持ち前の悩み癖を存分に発揮していた。
 そもそも、何故不破君は悩んでいるのか? それは勿論、私が竹谷君の事について、いつものように彼に相談したからだ。
 いつの頃からだったろう(きっと、竹谷君に恋してからだ)、私はいつも不破君に、竹谷君についての相談をしていた。所謂、恋愛相談だ。彼はくのたまの友人達より、頼りがいがあったし、そもそも彼女らに相談する事が気恥ずかしい事に思えた。たまたまその日一緒だった不破君に漏らしてしまったところ、意外にも彼は親身になって相談に乗ってくれたので、それからは不破君に相談する事が当たり前になっていた。
 場所は、いつものように縁側だ。そこに二人で腰掛ける。五年生の忍たま長屋。勿論私はくのたまで、忍たま長屋には入れない事になっている。しかし私もくのたまなのだ。叱られるよと言った不破君を押し切って(だって、あまりに申し訳ない)、私は忍たま長屋まで来る。


 私が今日、不破君に相談したのは、最近の竹谷君についてだ。彼は最近、いつも心ここにあらずという風だった。校庭に居る竹谷君を盗み見ても、最近はいつでも、ぼうっと空を眺めて、後輩に急かされて委員会の仕事に戻る、そういった調子だった。
 それに、何だか竹谷君が私に対してよそよそしくなってきている気がする事も、理由の一つだった。竹谷君は、私にも、他の誰にも優しくて、いつでも笑顔で接してくれる、そんな人だった。私は、そんな竹谷君に惚れたのだ。ところが最近、その竹谷君は私が話し掛けてもむっつりとした様子で。何か機嫌を損ねるようなことをしただろうかとも思ったが、あいにく私にはそんなことをした覚えはない。いや、授業の一環で忍たまを罠にはめる事もあるが、竹谷君本人を相手にした事はない筈だ。

 ――竹谷君がぼんやりとしているのは、まさか恋煩いなのでは? 自分が彼に恋焦がれているからだろう、その気持ちは勿論よく解るし、一度そう考えてしまうともうそうとしか思えなくなってしまった。竹谷君が誰かに恋煩いしているのではないか、それが私が出した結論だった。
 そしてそしてもしかして、私みたいなくのたまと話している時に無表情で居るのは、その恋してる相手にあらぬ勘違いをされたくないからなのでは? 勿論、その考え方も解る。何故なら私は、竹谷君が少しでも嫉妬してくれないかと、こうして毎回忍たまの不破君に相談を持ち掛けているのだから。いわばこれは、一種の駆け引きだ。


 不破君は何故私がこんなにも不安げに、朝から悩んでいたのかという事を察し切れなかったようだった。女の子と男の子の違いかもしれないし、不破君は時々ひどく大雑把だから、私が考えすぎだと思うのかもしれない。
 不意に、不破君がゆうらりと動いた。
「悩むのにも、お互い疲れたと思わないかい?」
「え?」
 思わず不破君の方を振り返ると、思っていたよりも距離が近く、不破君の困ったような笑みが、目と鼻の先にあった。思わず私は体を硬直させて、そして反射的に小さく横にずれた。すると不破君は先程と同様にっこりと微笑んだまま、私との間に出来た隙間を埋めるように、ぐいっと近付いた。
「名字さん、妥協案を出すというのはどうかな?」
「ふ、不破君?」
 どうして同じ図書委員だというだけの不破君が、こうして私に詰め寄っているのだろう?
 私の頭は、まったくと言って良いほど、上手く働かなくなってしまった。ぼうっと不破君の顔(段々近付いているのは気のせいだろうか?)を見つめている内に、不破君はがっしりと、私の肩を掴んだ。
「私辺りにしておくというのは」
 そもそも不破君は私の事を、名字さん、と呼んでいたっけ?
 鼻と鼻が触れ合いそうになるほど不破君が近付いた時、ようやくその違和感の正体に気が付いた。そして気が付くと同時に、すぐ後ろに、もう一人忍たまが現れた事にも私は気付いた。
 その忍たまこそ、私の思い人であり、先程まで話題の中心にいた人物だ。
「………その辺にしとけよ」



 今私は、竹谷君と一緒に、二人きりで校庭を歩いている。あの後、不破君は(というよりも、彼はきっと鉢屋君だったのだろう。だって不破君があんなことをする筈がない)すぐに私から離れて、困ったような顔で笑ったまま、何処かへ行ってしまった。
 ずんずんと私の前を歩いていく竹谷君。向かうのは、もちろん生物委員会が担当している飼育小屋だ。私は三年ぐらい前からずっと、こうして竹谷君のお手伝いをしに行っていた。動物たちの様子を観察したり、小屋を掃除したり、毒虫たちに餌をやったりだ。
 私は竹谷君をお手伝いできることが嬉しかった。生物委員に立候補しようかとも考えているほど、嬉しかった。恥ずかしくて、その一歩までは踏み出せていないけれど。

 そういえば、竹谷君はどうして私が忍たま長屋に居るって解ったんだろう。もしかして、私を捜していたのだろうか。それにしては、飼育小屋に行こうと約束した時間には早すぎる。悶々と考えながら歩いていると、不意に視界が暗くなり、私は危うくぶつかってしまうところだった。
「た……竹谷君?」
 数歩先を歩いていた筈の竹谷君が、いつの間にか立ち止まっていて、私のすぐ前に立っていた。
 もしかして、竹谷君はヤキモチを焼いてくれたんじゃないだろうか。一瞬ちらりとそこまで考えて、覗き見た竹谷君の表情を見てからやめてしまった。竹谷君は、とても険しい顔をしていたからだ。
「竹谷君」と私が呼び掛ける前に、竹谷君が口を開いた。

「名字って、雷蔵と仲良いよな」
「そ……うかな」
「そうだろ? よく一緒にいるじゃないか。そもそも、さっきだって雷蔵に会いに来てたんだろ?」
 吐き出すような竹谷君の口調に、私は自然と肩が震えた。
「不破君には、色々と相談に乗ってもらってて」
「相談――」
 竹谷君が、私の言葉を繰り返した。いつもなら、そんな事をされたら舞い上がってしまっていただろう。しかし、その時の私にそんな余裕はなかった。
 此処でなにも言わなかったら、竹谷君に幻滅されてしまう。
「――た、竹谷君に、どうしたら私を好きになってもらえるかなって、相談させてもらってたの」
 今、私何を言ったんだろう。
 そして口にした言葉の意味に気付いてから、私はひどく後悔した。余計に幻滅されてしまうじゃないか。ごめんね竹谷君、あたし今日ちょっと疲れてて、とか、なーんてね冗談だよ竹谷君、とか、誤魔化せられればよかったものを、私は顔を赤くさせてしまって、口が思うように動かない。何を言うことも出来なかった。いったい私は、くのいち教室で何を習っているんだろう。
 しかしおそるおそる顔を上げて、私は驚いた。
 ――竹谷君が、私と同じ顔をしていたのだ。
「……それ、本当か?」



 本当だよ、と雷蔵が頷いてみせると、三郎はぽかんとしたまま、八左ヱ門の奴やるなあ、と呟いた。そしてすぐ南瓜の煮付けに手を伸ばした三郎は、既にその事について関心を失っているようだった。
「それはそうと三郎、君、また僕の顔で悪戯したろう」
「おやバレていたか」悪びれもなく、雷蔵に言う。
「その事なんだがな雷蔵、お前から名字さんに謝っておいてくれないか? 今更どうにも謝りづらくてな。八左ヱ門の彼女になったんなら尚更だ」
「嫌だよ。三郎、そういう事は自分でやらないと」
 雷蔵が言うと、「そうだよなあ……」と三郎は呟いた。
「八左ヱ門が怒らなければ良いんだけどな」
「……なんて?」
「冷やかされたくないだろう? 付き合い始めに」
 冷やかしている自覚があるのだなと、内心で雷蔵は笑った。

「ハチがどうしたって?」
 そう尋ねながらやってきた兵助は、器用に定食の盆を片手で持ち、了承もなしに雷蔵の隣に腰掛ける。無論、雷蔵と三郎も彼を追い返したりはしない。
 いただきます、と手を合わせて食べ始めた兵助に、「ハチが名字さんと付き合い始めたのさ」と三郎が説明した。
 兵助は少しだけ目を見開いて、「へえ……」と呟いた。そして言った。
「良かったなあ、八左ヱ門」
「……え?」雷蔵と三郎の声が重なる。
「……え?って……」
 先程と丁度真逆、今度は目を丸くする側になった友二人に、兵助も首を傾げる。
「俺はずっと、ハチが斉木さんと上手くいくように応援してて……え?」

 騒がしい筈の昼時、五年生三人の周りだけが静かになっていた。その他は普段の食堂と変わらない。まだ要領が掴めていないといった風の兵助、そしてまだ目を見合わせている雷蔵と三郎。ぽつりと三郎が呟いた。
「……やはり、後で冷やかしに行ってやろう」

[ 96/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -