イーブン!

 ある意味で自身の後輩に当たる彼女――ニンファドーラ・トンクスの熱い抱擁を受けながら、名前は自分の不運を呪わずにはいられなかった。


 知人の実家でもある不死鳥の騎士団本部ことグリモールド・プレイス12番地はとても汚かったし、名前をこちら側へ引っ張り込んだイカれた目玉親父(無論、本人の耳の届く範囲で言ったら即刻アズカバンにぶち込まれるかもしれない。下手したら目の届く範囲でもかも)は今現在此処には居なかったし、自分の目の前でアーサー・ウィーズリーがにこにこと微笑んでいるのも、不運と言うより仕方がなかった。
「やあ名前! 君が来てくれて良かったよ本当に!」
 ハァ、と生返事を返しながら、これからどうやって世の中を渡って行けば良いのか、密かに考えずにはいられなかった。
 名前の頭の中ではアーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイは密接していた。再就職した魔法省で、彼らと再び顔を合わせなければならない場面だって出てくるのだろう。魔法界で多大な影響力を持つルシウスに、名前のこの新しい友達を知られればどうなるか。名前はブラック家の屋敷に着いた早々、溜息をつきたくなった。

「……なんでそいつが此処に居る?」
 糞爆弾でも口に含んだかのような、そんな顔付きで言ったのはシリウス・ブラック本人だ。髑髏に無理やり鞣した皮膚を被せたような指名手配の写真ではなく。もっとも会いたいなどとは露ほども思っていなかったが。ブラックは学生時代、名前の顔合わせしたくない人物ベストファイブに入っていた人間だった。彼が側に居ると、一気にレギュラスの機嫌が悪くなる。
「勿論シリウス、彼女が騎士団に入団したからに決まってるだろう」
 名前は嬉しげに答えるウィーズリー氏を見やりつつ、自分が彼と親しかった覚えがないにも関わらず、どうしてそう陽気に歓迎しているのだろうと考えた。そして考え至ったのは、彼がマグルを愛してると言っても過言ではないという事実だ。
 名前は自分は純血主義でも何でもないつもりだったが、彼のように特別マグルが好きだという訳でもない。質問攻めにされるのだろうな、と数十分後の自分を思い浮かべて再び溜息をつきたくなった。死んだ自分の旦那がマグルだった事を、今ほど恨んだ事はない。
 ブラックは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 名前だって、今にも家を潰してしまうかもしれないような、そんな怒声を浴びせ続ける師からの吼えメールさえ受け取らなかったら、騎士団になんて入らなかったし、わざわざ魔法省に再就職したりなぞしなかった。自分は魔法なんて今後一切使わないつもりで生きてきたので、じきに息子が帰ってくる頃かと思い浮かべながら過ごしていた矢先に届いたマッド−アイからの吼えメールは、招かれざる客も甚だしかった。
 トンクスからの騎士団入団の誘いをきっちりと断った時は、それで済んだと思ったのに。まさか再び闇祓い局に就職させられるとは思いもしなかった。親の残した遺産もあったし、息子と二人暮らしなのでしがない本屋の店員の給料で足りていたのに。騎士団の都合なぞ、此方の知った事ではない。
 名前は、長年使っていなかった魔法力が枯れていなかった事を呪った。

「名前が戻ってきてくれて、わたし、とっても嬉しいわ! 騎士団に入ったらどうかってわたしが誘って断られた後、マッド−アイったらすっごく怒ったのよ? 雷を落とすかと思った。名前ったら、魔法界に戻るつもりは無いって言ってたのに。マッド−アイの説得が聞いたのね」
 ショッキング・ピンクの髪をぱさぱさと振りながら、名前の右隣に座ったトンクスはひっきりなしに喋り続けた。違うわトンクス、あれは説得なんかじゃなくて恐喝よ――そう言いたかったがぐっと堪え、名前は黙ってウィーズリー夫人の作ったシチューを口に運び続けた。
 ウィーズリー氏が、名前が何者であるかを子供達に話していた。スリザリン出身で、優秀な闇祓いだったということ。14年前に突然引退して、実はマグルとして過ごしていたこと。一人息子がホグワーツにいること、などだ。スリザリン出身ときいて(何人かがグリフィンドールなんだろう)何人かが一斉に顔を顰めたが、アラスター・ムーディの一番弟子だと聞いて皆が名前に興味を持ったようだった。
 黙ってトンクスに相槌を打ちながら、遠慮無く寄ってくるじろじろ視線をやりすごした。アーサー・ウィーズリーのマグルについて語り合いたい視線、シリウス・ブラックの一言文句を言ってやりたい視線、ウィーズリーの子供達とその友人二名の質問したい視線だ。名前は彼らの相手をするぐらいなら、トンクスの話を聞いている方が楽に感じられた。そういえば、アーサーと自分の父はいとこの関係にあるんだから、この子供達は自分とまたいとこの……と考えてやめた。


 急に後ろから抱き竦められて、名前は危うく紅茶を吹きそうになった。いや、真ん前に座っているブラックの顔に吹きかけてやるというのもそれなりに魅力的だ。
 周りの皆が、凍結呪文でもかけられたのかと思えるぐらい固まっているのが解った。名前は笑わないようにする為に、相当の努力をしなければならなかった。ウィーズリー氏は驚いたように目を見開いていたし、ブラックは馬鹿みたいな間抜け面で固まっている。ウィーズリー家の子供達と友人二人もぽかんとしていて、名前と抱き付いた相手の顔を、忙しなく見比べている。同じ顔をした二人組なんか、狙ったかのように同じ動作を同じタイミングで硬直させていた。
 聞いていた騎士団の面子を思い浮かべながら、いきなり強襲してきたシャックルボルトの言い分を、名前は黙って聞いてやる事にした。

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