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 文字通り障子の手を借りた名前は、音に怯んで動けなくなったり、爆破に巻き込まれて吹き飛んだりした生徒を次々と抜き去り、かなりの高順位でゴールする事ができた。もっとも、前を走っていた生徒を強制的に一時停止させることになった為、色々な方面から恨みを買ってしまったらしい。
「もー!」そう言って名前を睨んだのは芦戸だった。
「折角良い位置キープしてたのに!」
 絶交してやる!と頬を膨らませる彼女に、ごめんごめんと謝る。しかしながら、名前だってヒーローを目指す以上、上を目指さなければならないのだ。となると、大きな障害物があるでもないあの場所で、個性を生かしつつ追い抜くにはあれが一番合理的な手段だった。もっとも、耳を塞いでくれていた障子の力が大きいのだから、最適の方法とは言えないだろうが。
 怒った振りをしていた芦戸だったが、名前が裸足だということに気付くと心配してくれた。そこまで鬼にはなり切れないらしい。ちなみに、名前が置き去りにした靴は親切な生徒が拾ってきてくれた。確かB組の生徒だった筈だが、彼はなんちうタフネスだよと呆れ気味に笑っていた。


「ようやく終了ね。それじゃあ結果をご覧なさい!」
 計11クラスの全員が――もっとも、経営科やサポート科の中には、体育祭の競技に参加せず、運営側に回る生徒も居るらしいが――走り終えた後、ミッドナイトがそう言って腕を広げた。電光スクリーンにパッと名前が表示される。名前は15位――予選通過者が43名だと考えると、かなり良い順位だ。そして予選を勝ち抜いた43人の内、21人がA組の生徒ときている。
 ミッドナイトがパンと手を叩き、画面から自身へと注目を集めた。「予選通過は上位43名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!」彼女はニッと笑った。「まだ見せ場は用意されてるわ!」

 ミッドナイトは次からが本番だと告げた。第二種目は、騎馬戦。


「騎馬戦?」名前は一瞬呆気に取られた。
「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」
 勝つ為には何をしても構わない方式だった個人競技の予選から一変し、自分の勝ちが他人の勝ちにも繋がってしまう、団体競技だ。事前に知らされていたのはレクリエーションの種目だけで、本選の競技内容はもちろん、生徒の組み合わせなども決められていなかった。どうやら、種目開始前に時間が設けられ、その制限時間内に自分達でチームを決めるらしい。人数は2〜4人で、人数さえ規定に即していれば後は自由だそうだ。
「基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが――先ほどの結果に従い、各自にPが振り当てられること!」

「入試みたいなP稼ぎ方式か」
 解りやすいぜと言ったのは砂藤だった。彼の言葉を受けて、「つまり組み合わせによって騎馬のPが違ってくると!」と葉隠が口にする。つまり自分の持ち点だけではなく、チームメイトの持ちポイントも大きなウェイトを占めてくるわけだ。
「じゃあ、P高い人と組んで、そのまま逃げ切るのもありだね」
 名前がそう口にすると、隣に立っていた瀬呂が「それな」と頷く。
 ミッドナイトが苛々した様子で鞭を振るった。「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うね!」
「ええそうよ! そして与えられるPは下から5ずつ!」ミッドナイトが言った。「43位が5P、42位が10P……といった具合よ」
 誰もが自分のポイントがいくつになるのかを計算しようとしたその時、ミッドナイトが巨大な爆弾を投下した。
「1位に与えられるPは、1000万!」

「せんまん……」呆気にとられてそう呟いた名前は、そのまま1000万ポイントの持ち主――緑谷出久を見遣った。勿論緑谷を振り返ったのは名前だけではなく、彼は注目の的となり、凄まじい冷や汗をかいている。Plus Ultraなのだとミッドナイトは笑った。

 それからミッドナイトは騎馬戦の詳しい説明を始めた。制限時間は15分であり、チームメイトの持ち点がそのまま加算され、騎馬の持ち点になるという事。騎手はその合計ポイントの書かれた鉢巻を首から上に装着し、奪い取った鉢巻も同様にしなければならないという事。
「重要なのは、ハチマキをとられても――また騎馬が崩れても、アウトにはならないってところ!」
 個性の発動はありだが崩し目的の悪質な攻撃等は強制退場の対象になると付け加えた上で、チーム決めが開始された。制限時間は15分だ。

 名前には一人、“お目当ての人”が居た。その人の“個性”と自分の“個性”を合わせれば、騎馬戦という種目においてかなり優位に動ける筈だ。もちろん実際にやったことはないし、上手くいくという保証もないのだが。
 すぐ傍で轟が早々にチームを決めているのを後目に、目当ての人物を探す。しかしながら、なかなかどうして見付からない。探し方が悪いのだろうか。
「俺と組め!」
「えー、爆豪私と組も!?」
「僕でしょ、ねえ?」
 人だかりの中心を見てみれば爆豪が立っていて、確かになと名前は納得した。彼の“個性”は強力だし、(どこまでが悪質な妨害と見られるかは解らないが)騎手に回ったなら爆破で他の騎馬を蹴散らしたり、騎馬であればチーム全体の機動力を底上げすることが可能かもしれない。名前も駄目元で声を掛けてはみたものの、てめェ俺の爆破に耐えられるか?と訝しげに見られただけで終わってしまった。


 暫く探し回り、ようやく目当ての人物を見付けた。「――麗日さん!」
「穴黒さん?」
 麗日お茶子は名前を見ると、「わっ、ぼろぼろだねぇ……」と痛ましげに呟き、何の用かと首を傾げた。彼女は既にチームを組んでいるのか、サポート科と思しき女子生徒と一緒だ。
「麗日さん、もしよければ、私と組んでくれないかな?」
「穴黒さんと?」
 名前は頷いた。「私が他のみんなを重力で抑え込むでしょう? それで、麗日さんが私達の騎馬の重力の負荷を失くしてくれたら、自由に動けるんじゃないかなって……!」
 麗日は一瞬、それは良い考えだとでも言いたげに顔を輝かせたが、すぐに申し訳なさそうになった。
「デクくんと一緒のチームなんだけど――」デク、つまり緑谷と同じチームになれる可能性に、名前は一瞬胸を高鳴らせた。確かに彼の持つ1000万によって狙われる率が高くなるだろうが、それはそれでPlus Ultraというやつだ。名前は気にしないし、緑谷と組めるなんて願ってもない。しかしながら、名前の喜びは一瞬で地に落ちた。「――今、デクくんがもう一人を探しに行ってくれとって」
 麗日が言い終わった時、間が良いのか悪いのか、ちょうど緑谷が戻ってきた。隣には常闇を連れている。「あれ? 穴黒さん?」
 不思議そうに名前と麗日を見比べる緑谷に、名前は事情を察した。麗日、緑谷、サポート科の彼女、そして常闇、ちょうど四人だ。羞恥心で赤くなる頬を隠しつつ、「ごめん、なかったことにして!」と逃げるように麗日達の元を離れた。

 もう少し早く麗日を見付けていたら彼らと同じ組になれたかもしれないが、後悔しても始まらない。名前は急いでチームを作ってくれそうな相手を探す。しかし殆どの生徒が組む相手を選び終えているようで、名前は焦り始めていた。
 実際、麗日と組むのは良い案だったように思う。重力を上乗せする名前の“個性”と、物体に掛かる重力を無効化する麗日の“個性”――相反する“個性”だが、それ故にできることの幅は大きく広がる筈だった。麗日に断られる、その場合を考えておくべきだった。
 しかし、捨てる神あれば拾う神ありとでも言うべきか、名前に声を掛ける生徒が現れた。「やっと見付けた。俺と組もうよ」

 名前はパッと顔を上げたが、声の主を見てギョッとした。「し、心操くん?」
 逆立った青紫色の髪に、目の下のやたらと濃い隈。以前に会った時は、前日が休みだったせいで夜更かしでもしたのだろうかと思っていたのだが、どうやら彼のそれは標準装備らしかった。心操はにやりと笑みを浮かべる。
「な、何で心操くんが……」
「見たところ、君の“個性”って物体に掛かる重力を増強させる力だろ?」
 心操が言った。敢えてやられて身軽になった後、名前の“個性”を使って他のチームを一気に崩し、鉢巻を奪ってしまえば良いのだと。バランスを崩させるくらいなら“悪質な妨害”にはならない筈だし、名前の“個性”の適用範囲を考えるに――おそらく、怒りのアフガンでの名前の行動を見ていたのだろう――一番良い作戦だと心操は笑った。
 確かにと、思ってしまったのが悔しかった。
 しかし名前には、二週間前の心操の姿が脳裏を過っていた。彼は名前のことを嫌っている筈だし、名前だってそれは同じだ。あくまで他者とのチーム戦を余儀なくされる第二種目、上っ面だけにこにこしているのだろう心操と、一時的にでもチームを組むのは嫌だった。それに心操の言った名前の“個性”の活用法は、別に心操が相手でなくとも良い。

 しかしながら、既に時間は残されておらず、これ以上渋っていたら組を作れなかったなどというふざけた理由で失格になるかもしれなかった。――名前が返事をしようとしたその時、横から伸びてきた腕が名前の肩を掴んだ。
「悪いな、穴黒は俺と組む」障子だった。
 障子の傍らには峰田が立っていた。1−A随一の体格差コンビに名前は目を白黒させ、心操は不愉快そうに眉根を寄せる。峰田は障子が名前を誘ったことに対し、「何で穴黒!?」と驚いているようだった。実際、名前も同じ気持ちだ(ちなみに、峰田はその後「でもナイスだ障子ィ!」と心底嬉しそうに叫んだ。彼のキャラが未だに掴めない)。
 何で誘われたのか解らず、殆ど反射的に拒否しそうになった名前だったが、それより先に障子が口を開いた。もっとも障子の表情は伺えず、名前にそれを言ったのも背後から伸びてきた複製腕だ。
「さっき手伝ってやっただろ?」

 アッ、ハイと、名前は頷くしかなかった。ひどいデジャヴを感じるのは気のせいだろうか。

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