19

 体育祭の告知がなされてからの二週間は、矢のように過ぎていった。そして体育祭当日の朝、名前はいつも通り家を出た。校門前で待機しているマスコミを後目に、恐る恐る1−Aへ向かう。
「オールマイト先生が雄英に来る、って新聞に載った時も凄かったけど……前よりもっと凄かったねえ」
 一年A組待機室――名前がしみじみと口にすれば、隣に立っていた瀬呂は「だな」と頷いた。「俺、あんな沢山テレビカメラ見たの初めてだぜ」
「プロのヒーローも来てたし……なんか緊張しちゃうね!」
「やめろよ! 頑張って忘れようとしてんだ俺ぁ!」
 必死の形相をしている瀬呂に、何だか申し訳なくなる。戻ってきた蛙吹は、「瀬呂ちゃんも酔い止め飲む?」と首を傾げた。
「酔い止めって緊張に効くかな!?」
「多分効かないわね」
「チクショウありがとよ!」
 二人のやりとりに小さく笑い、「頑張ろうね」と口にすれば、蛙吹が微かに眉を寄せた。気合い入ってるのねと、彼女は小さく呟いた。


 プレゼント・マイクのアナウンスと共に、名前達ヒーロー科一年A組の生徒は入場した。プレゼント・マイクがやたらと一年A組を押し出しているように感じるのは、恐らく勘違いではない。おそらく、エンターテインメント性を考慮した結果なのだろう。今や国民の行事ごととなっている雄英体育祭、内輪だけでこじんまりとやっているわけにはいかないのだ。同時に、“一年A組”という仮想敵を作ることで、他のクラスの生徒のやる気を煽っているのではないか――理屈は解るが、やられた方はたまったものではない。
 主審は、18禁ヒーローのミッドナイト。入試一位だった爆豪が選手宣誓を行い(「俺が一位になる」と言い放った為、大ブーイングが起きた)、最初の競技が開始される。特設スタジアムの外周を用い、行われる障害物競争――コースから外れなければ何をしても構わない、とミッドナイトは不敵に笑った。

「さぁいきなり障害物だ! まずは手始め――」プレゼント・マイクのアナウンスが校内に響き渡っている。時々混ざる機嫌の悪そうな低い声は、名前達の担任である相澤だろう。二人のやり取りに苦笑が漏れるが、気にしてはいられなかった。先頭集団の先に見えるのは、見覚えのあり過ぎる巨大な影だったからだ。「――第一関門、ロボ・インフェルノ!」

 不思議なもので、名前が巨大ロボット――エグゼキューターの群れを抜けるのに、さほど時間は掛からなかった。以前の名前であれば二の足を踏んでいただろう状況なのに、向かってくるロボットをいなしつつ、どんどんと先へ進む。しかし、いくら近接攻撃が主流の型が相手で、“個性”的に有利な状況にあるとはいえ、入学して一か月でこうも変わるものなのだろうか。
 いや、入試の時は行動不能にさせる数を増やすことを主としていたから、躱して進めば良い今回の場合は余計に優位なのかもしれない。
 重力――それが、名前の“個性”となった。
 体育祭のことが知らされた日、名前はそのままの足で市役所へと向かった。本当は警察の警備が解かれた後に行くつもりだったのだが、何の気無しに“個性”のことを話してしまった為に、玉川が気を遣ってくれたのだ。更新は速ければ速い方が良いからと。個性更新の現場を見ておきたかったのではないか、と名前が気付いたのは、更新の手続きが完了して暫くしてからだ。

 第一関門を抜けた名前達を待ち受けていたのは、底の見えない谷間で行われる綱渡りだった。まさか本当に死ぬようにはできていないだろうが、落ちてしまえばひとたまりもない筈だ。先頭集団は既に渡り終えていたし、蛙吹が軽々と渡っていくこと、何より相澤の低い声に背中を蹴られて名前も覚悟を決める。名前は決して下位ではなかったが、上位何名が予選を通過できるか解らない今、ここで足を止めているわけにはいかなかった。
 “個性”の更新は速ければ速い方が良い――実際その通りだ。名前は張り巡らされたワイヤーにしゃがみ込み、地面から鋭角になるようにして徐々に重力をずらしていく。“個性”が加圧だと信じ込んだままだったら、こうした使い方はできなかっただろう。
「いったい何十人抜いたよ!?」名前が第二関門をクリアした時、特設会場から中継を通して生徒達の雄姿を見ているのだろうプレゼント・マイクの、驚きの声が響いていた。名前は微かに誇らしい気持ちになる。パチンコの要領で飛び出して、擦り傷だらけになった甲斐があるというものだ。「こいつぁシヴィー!」


 一気に順位を上げた名前だったが、第三関門の怒りのアフガン――一面の地雷原では難儀した。一直線に重力を強くして地雷を爆発させ、道を作ったは良いものの(後続に楽をさせないよう、所々に“穴”は作っていた)、先頭に居た轟に足元を凍り付かされたからだ。圧力を掛けたりして氷を何とか削り取り、靴を脱ぎ棄てて走り出した時には、かなり順位が下がっていた。折角追い抜いた蛙吹にも、既に抜き返されてしまっている。
 名前はこの二週間、ずっとウソの災害や事故ルームで“個性”を自分のものにする訓練をしていた。おかげで、以前までは触れている物体に圧力を掛けることしかできなかったのに、物体そのものに引力を発生させられることや、地球の重力自体を強められること、また直接触っていなくともある程度負荷を掛けられることを知った。“個性”を使って、先を行く生徒達を地面に釘付けにすることは、恐らく不可能ではないだろう。しかしながら、名前の“個性”は自分自身にも効果がある為、自分も動けなくなってしまう。
 万事休すかと思ったその時、見慣れた巨体が視界に映った。諦めない限り、チャンスは訪れるのだ。
「障――子くんっ!」

 障子目蔵は名前の姿を見ると、「穴黒?」と訝しげに呟いた。彼は優れた“個性”を持っているのに、その身体の大きさ故か、どうやらこの第三関門では苦労しているようだった。複製腕が作った目が地雷の在り処を見通していたとしても、少しバランスを崩せば地雷を踏んでしまうし、他の生徒達が巻き起こした爆風に煽られることもあるのだろう。
 一目散に駆け寄ってきた名前を見て、障子はますます不審げに眉根を寄せる。どんな企みがあるのかと、そう疑っているのかもしれなかった。しかしながら名前は構っていられない。名前の考えた手立てが使えるのはこの場には障子しか居ないし、それに、これは彼の得にもなる筈だ。
「障子くん手、手ぇ貸して! 手!」
「手?」
 すんなりと左手を差し出してくれた障子に、名前は「両手!」と叫ぶ。咄嗟に動いた障子の右手を掴み、名前は後ろ向きになった。そのまま障子の両手を、自分の耳に押し当てる。「手、離さないでね! お願いだよ!」
「っバッ――!」
 屈み込んだ名前は、そのまま勢いよく両手を地面へと振り下ろした。強い重力が地雷原を襲い、当然浅い場所に埋められた地雷は次々と反応していく。視界には眩い光が炸裂し、地雷が爆発する音と、プレゼント・マイクの大爆笑がぼんやりと聞こえた気がした。

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