04

 結果的に見てみれば、グリフィンドールに組み分けされたことは名前にとって良かったと言えるのだろう。友達はできたし、毎日が楽しくて仕方ない。大体にして、親戚で集まった時のような、腹の探り合いみたいな付き合いは、到底好きになれやしないのだ。その点、グリフィンドールの連中は良い意味でも悪い意味でも一直線で、一緒に居ると、自分までそうなれるような気がした。中身が女で、実の両親を愛することができない「私」でも、素晴らしいナニかになれる気がした。
 求めてやまなかったものは、全て此処に揃っているような、そんな気がした。

 本当なら、グリフィンドールに組み分けされたスリザリン家系の者として、周りを見下しているべきなのだろう。しかし名前はそうしなかった。ホグワーツに来たその日の晩、名前は父親の男に手紙を書いた。無事にホグワーツに着いたこと、そしてグリフィンドールに組み分けされたことを知らせる手紙だ。
 ――グリフィンドールに入れられた。周りは馬鹿ばっかりだ。血を裏切るような連中どころかマグルも大勢居て、吐き気がする。
 そんな文句の手紙を書くべきだったのかもしれないが、名前はそうしなかった。いや、最初、グリフィンドールに決まった時には、確かにそんな風に理不尽を嘆く手紙を書くつもりだった。しかしフレッドやジョージ、リーと出会ってしまい、そんな考えはいつしか掻き消えてしまった。
 グリフィンドール寮での名前という人間は、素だった。
 家の中でもどこでも、今までの名前は自分を偽って生きてきた。スリザリン家系に生まれた、ごくごく平凡な男の子を演じ続けてきた。魔法こそが絶対で、マグルなんて馬の糞ほどに汚らしい連中だと、そんな考えをしているような。
 そりゃ、もちろん、弟と比較した時に馬鹿に見えるように振る舞ってはきたが、それは弟の為だ。母親に殆ど触れられなかった弟を哀れに思ったからこそ、父親の全てが彼へ向くようにしたかったのだ。その気持ちに嘘は無い。しかし名前は純血主義者じゃなかった。むしろ元はマグルだ。ハリー・ポッターは読んでいたが、魔法なんてある筈がない、そう信じてやまないマグルだったのだ。だからというわけではないが、マグル排斥には賛成しかねる。それが本当の名前という人間なのだ。誰の嫌味にもへらへら笑っていた「名前」は、決して本当の「私」ではない。
 「スリザリンらしく振る舞わなければならない」というしがらみ――そのしがらみから解放されるグリフィンドールという場所でまで、自分を偽っていたくはなかった。色々な問題は、全て未来の自分に放り投げた。まあ、死にさえしなければ良いんじゃないか。かのシリウス・ブラックは、自ら進んで茨の道を進んだという。名前もまた、自分から茨の道を選んでしまったのだ。

 別にそういう心情を全て吐露したわけではないが、名前が書いた手紙は「スリザリンの家系に恥じる行為」だった。徹夜する勢いで考えまくったのが良かったのだろう、勘当はされなかったし、吠えメールだって来なかった。薄っぺらい羊皮紙に記された、失望の文字。
 まったく、クリスマスが楽しみだ。多分同じ名をした父親殿は視線もくれやしないだろうし、弟はドラゴンの糞の山でも見るような目で名前を見てくれるだろう。


 ホグワーツに来て驚くことというのは多々あるわけだが、名前はあまりそういった機会に恵まれなかった。魔法族の家柄に生まれたし、「原作」を知っているから、他の生徒達よりもある点においては物知りだったからだ。例えば名前はセブルス・スネイプがどのくらい陰険な根暗教師かを知っているし、マクゴナガル先生が猫に変身できることも知っている。それに中身が十八歳プラス十一歳だから、周りに比べると落ち着いているということもあるのだろう。
 ただ、一度だけ物凄く驚いたことがあった。他の友達は別段気にする風もなかったのに、だ。偏に、名前が「ハリー・ポッターシリーズ」を知っているからだった。
 ある日、名前は若い教師が前を歩いていることに気付いた。ふらふらとよろめいている。近付いてみれば、その男性が十数冊もの本を抱えていることが解る。慌てて手伝いを申し出ると、本の影から現れた若い顔は、うっすらと苦笑を浮かべて、名前に数冊の本を渡してくれた。
 教職員席で食事しているのを見たことがあった。だから、隣を歩く男が教師だということは解っていたが、名前はそれが誰なのかまでは解らなかった。名前を聞こうとした時、前から歩いてきた二人の女子生徒が、「こんにちは、クィレル先生」と挨拶をしていった。
「ああ、こんにちは」クィレルは笑みを浮かべた。

「ク、ク、クィレル先生?」
 名前は思わずどもった。
「そうだが?」と、クィレル。「私の名前がどうかしたかな?」
 目の前の教師は、不思議そうに名前を見詰め返している。

 名前はクィレルという名の男を知っていた。ハリー・ポッターシリーズの一作目、賢者の石に出てくる悪役だ。いつもびくびくしていて、吃音気味の口調で話している。頭にはターバンを巻いていて、フレッドとジョージがそれを取ろうと悪戯を仕掛けた、みたいな描写があった気がする。しかしその「おどおどクィレル」は実は演技で、彼はヴォルデモートの配下だった。ホグワーツに隠されている賢者の石を盗もうとして、最後にはハリーに倒されてしまった。
 しかし、今現在目の前に居る「クィレル」という名の教師は、その「クィレル」とは別人に思えた。まずターバンを巻いていない。
 いや、確かにあのびくびくは演技だったわけだし、名前の脳裏には映画の賢者の石が何となく浮かんでいた。顔こそ違えど、映画終盤で正体を現したクィレルは、確かにはきはきしていたのだ。このクィレルはあのクィレルなのかもしれない。少しばかり頭の固そうな、神経質そうな印象は受けるが、目の前の男がヴォルデモートの支持者には到底思えなかった。そんなものなのだろうか。
「あ、あー……いえ、あの、せ、先生の名前を知らなかったので、その……」
「なるほど」
 クィレルは頷いた。
「君は、見たところ一年生だろう。私の授業は三年生からだからね、知らなくとも無理はないよ」
「そ、そうなんですか。せ、せん、先生は、闇の魔術に対する防衛術じゃないんですね」
「防衛術? どうしてそう思ったのかは知らないが……私の専門はマグル学だよ。マグルの文化や技術を勉強する学問でね」
「マっ――」名前は絶句した。「マグル学、ですか」

 その名前の反応を、マグルに対する嫌悪と受け取ったのかもしれない。クィレルは「ここまでで良いよ」と、どこか淡々とした調子で言った。腕の中にあった重みが一瞬で掻き消えた。見ると、クィレルの右手には杖が握られている。本はふわふわと浮遊し、また元の場所へと収まった。
「マグルのことを馬鹿にする者は多いが、それは彼らのことを知らないからだ。彼らは実にユニークだよ。私達が魔法に依存して生きているのに、マグル達は魔法を使わず、一切のことを自分達の力だけでこなしてしまうんだ。君もマグルに興味があるなら、再来年私の授業を取ってみると良い」
 クィレルはそう言って去って行った。

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