16

 放課後、いつものように蛙吹と芦戸の三人で帰ろうとしたところ、一向に教室から人が減らないことに気が付いた。不思議に思ってみてみれば、A組の出入り口付近に人だかりができている。一番前に立っているのは爆豪で、見ようによっては揉め事のようにも見えた。
「ねえ切島くん、あれどうしたの?」
 一番近くに居た切島にそう尋ねたのだが、彼は少々言葉に迷ったようだった。
「どうも、他のクラスが俺らの様子を見に来てるみたいだな」
「他のクラス?」
 首を傾げる名前に、「一昨日の事が噂になってるらしいわ」と説明を入れたのは蛙吹だ。一昨日の事――つまり敵連合が襲撃してきた事を指すのだろう、名前は黒霧のことを思い出し、少しばかり眉を顰めた。
 1年A組が敵の集団を撃退した、と、そう聞けば凄いことのように思えるが、実際は相澤やオールマイト、応援の先生方が来てくれたからこそだ。別に名前達が特別な事をしたわけじゃない。
「他のクラスどころじゃないぞ」冷静に言ったのは常闇だった。「ヒーロー科B組に、経営科とサポート科。普通科の者達も来ている」
 確かに、彼の言う通り、ぱっと見回しただけでも他の科の生徒が何人も存在していた。七限あるのはヒーロー科だけの筈なのにだ。
「えれぇ注目されちまってるな、俺ら」小さく呟いた上鳴に、その場の誰もが同意した。

 敵を倒したからと言って、調子に乗っていると足元を掬われることになるぞ――そう言ったのはB組の生徒のようだったが、確かにその通りだと名前は内心で苦笑した。その他轟々と非難が飛んだが、それらの言葉の是非はともかく、名前達が生きているのは幾多の幸運に見舞われたことが大きい。オールマイトであれば、その幸運を呼び寄せる力こそヒーローたる所以だと歯を見せて笑うだろうが、名前はそこまで楽観的に見ることはできなかった。――これからも一意専心、ヒーローになるために頑張らねば。
 人垣を押し分け、早々に帰ろうとする爆豪に、切島が待ったを掛けた。「待てコラ!」
「どうしてくれんだ、おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねえか!」
 爆豪はちらりと切島の方を見遣ったが、やがて言った。「関係ねえよ」
「上に上がりゃ、関係ねえ」

 「シンプルで男らしいじゃねえか」と身を震わせる切島、「一理ある」と納得した様子の常闇。砂藤は「言うね」と爆豪を褒め、上鳴だけが「無駄に敵増やしただけだぞ!」と真っ当な意見を言ったが、確かに彼の言葉には皆をハッとさせるものがあった。もっとも、クラスの中で屈指の実力を誇る爆豪が言ったからかもしれないが。
「爆豪ちゃんのああいう一かそれ以外かしかない所、私嫌いじゃないわ」
「つまり好きでもないってこと?」
「ケロ……」
 聞こえてっぞ蛙に黒目!と爆豪は噛み付いたものの(芦戸は「黒目って何さ!」といきり立ったが、爆豪は聞く耳を持たなかった)、人混みの中をさっさと歩いていってしまった。
 爆豪が先陣を切ったことにより、他のA組の生徒もそれぞれ教室を出て行った。名前達も、未だ残る人混みを通り抜け、帰路に着こうとした。「あれ」

 何の気無しに声の主を振り返れば、見覚えのある男子生徒。微かに目を細め、名前を見下ろす心操が立っていた。「君、ヒーロー科だったんだ?」


「何だ、それならそうと言ってくれれば良かったのに」心操はへらりと笑った。「性格悪いなあ」
 名前は唖然として目を瞬かせたが、言い返すよりも先に芦戸が怒ってくれた為に、タイミングを逃してしまった。
「アンタが勝手に勘違いしたんじゃん!」
「例えそうだとしても、訂正ぐらいしてくれるのが普通じゃないかい。折角同じようなやつが居ると思ったのに……がっかりだなあ」
 心操は肩を揺らした。「君さ、ヒーロー科なら、もっとやる気出した方が良いんじゃないの。さっきの彼みたいにさ」
 名前が「そうだね」と曖昧に笑い返すと、心操の顔から笑みが消えた。
「……俺達の事なんて、気にしてもいないわけか」
 心操は名前を見下ろしたまま、静かに言った。「ムカつくなあ、君みたいな奴」


 心操は言った。自分達他学科にはヒーロー科の入試に落ちた後、他学科の生徒として入学した者も多く在籍しているのだと。君らが俺達を蹴落としてヒーロー科に入ったのは事実だけど、劣っているつもりはないのだと。
 別に、名前は心操に何と言われようと構わなかった。まるっきり下に見られようと気にならないし、むしろ、彼の言う事に正当性はあるとすら思っていた。名前が心操達を――言い方は悪いが――蹴落としてヒーロー科に入学したのは事実だったし、そんな彼からしてみれば、体育祭でどのような結果が出るのか解らない今の段階から、「ヒーローになる為の近道」などと語り合われるのは不愉快だろう。普通科と勘違いされて否定しなかったのだって、当然名前が悪い。
 しかしながら、名前にだって我慢できない事が一つだけあった。
「君さ、13号先生の妹なんだろ」心操はそう言って薄く笑った。「あんな怪我したまま来ちゃってさあ、情けないよね。ここのOBらしいけど、兄貴がああだと、君も大した事ないんだろうなって思うよ」

「あのさ」名前が顔を上げると、心操は少しばかり目を見開いた。
「私の事は何て言っても良いけどさ、お兄ちゃんの事は関係ないよね。そうじゃなくても、精一杯戦ってくれたヒーローを情けないって言うの、どうかと思うよ」名前は言った。「それにさ、心操くんも言ってたと思ったけど、将来の事考えて上を目指すの、別に悪い事じゃないよね。体育祭で活躍して、プロに見込まれて相棒にスカウト、っていうのがヒーローになる為の手っ取り早い方法なのは確かだし、ヒーロー科じゃないとヒーローになれないわけじゃないでしょ。足元が見えてないのは心操くんの方なんじゃない?」
 途中までにやにやとした笑みを貼り付けながら聞いていた心操だったが、名前が言い終わる頃にはすっかり一変していた。もはや微笑みの欠片も残っておらず、険しい表情で名前を睨んでいる。
 ムカつくなぁと、心操が小さく呟いた。


 心操がそのまま踵を返し、名前達の前から姿を消した為、漸く名前は安堵した。ほぼ初対面の人間にああもあけすけに嫌味を言われるのも、逆にそれに言い返すのも、名前にとって初めての経験だった。それを知ってか知らずか、蛙吹も芦戸も「名前ちゃん言う時は言うのね、私そういうの好きよ」とか、「穴黒やるなー!」とか、勝手に話し合っている。他クラスの生徒達が引き気味に自分を見ているのも何だかんだで辛いし、A組の生徒達もまだ大勢クラスに残っているので、どうにもやるせない。
 そんな中名前に声を掛けた上鳴も、半ば笑っていた。「穴黒結構言うんだな。どう、今度俺と一緒に飯行かね?」

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