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 包帯だらけの姿で現れた我らが担任は、開口一番言い放った。「雄英体育祭が迫ってる」


 雄英体育祭――単なる高校の体育祭だったそれは、今や日本全国の一大行事となっていた。かつてのオリンピックにも勝るとも劣らないと評判だが、むしろ、次世代を担うヒーロー候補が一堂に会する為だろう、その注目度は並大抵のものではなかった。“個性”使用自由の大会というのも珍しい。
 人々は、持てる力の限りを尽くし競い合う雄英の生徒達の背に、未来のヒーローの姿を垣間見る。

 名前達生徒にとっても、雄英高校体育祭はとても重大な行事だった。プロのヒーローにスカウトされる事は、ヒーローになる為の一番の近道だからだ。そしてその為には体育祭で他を圧倒し、名を上げなければならない。相澤の言う通り、名前達に与えられた時間は限られているのだ。
 食堂がいつもよりも活気付いているのも、恐らく体育祭のことがあるのだろうなあと、名前は考えた。
「みんな気合い入ってるねえ」
「体育祭のこと?」芦戸は笑った。「そりゃそうだよ。だって雄英体育祭だよ?」
 前にテレビで見た事あるんだけど、私らと同じ子供が飛んだり跳ねたりしてて感動したよー。そう言って目を輝かせる芦戸に、名前は過去に見た雄英体育祭を思い返す。十年ほど前――兄が高校生だった時の体育祭の中継は、途中で飽きたりしつつもずっと見ていた。個性が個性だけに兄が活躍していた場面は結局見なかったように思うが、芦戸が言った通り、大人でない存在が大人顔負けに画面上を走り回るのは、見ていてとてもわくわくしたのを覚えている。

「ひょっとして穴黒、モチベ上がんない系?」ニッと笑って尋ねる芦戸に、名前は目を白黒させた。
 彼女の中でいったいどうしてそのような結論になったのか、理解するには暫く時間を要した。蛙吹が居れば、理由が解っていようと解っていなかろうと尋ね返していてくれただろうに。ちなみに彼女は弁当派であるが故に、空いた席を探して食堂を歩いている。
 漸く芦戸が言わんとしていることを理解した名前は、ちょっとだけ口を尖らせてみせた。「言ったじゃん、今はちゃんと、ヒーローになりたいって」
 芦戸はいたずらっぽく笑い、「私は別に良いと思うよ」と肩を叩いた。
「真剣にヒーローになろうとしてなくても、別にさ。そもそも雄英出身者が全員ヒーローになるわけでもないし、資格取って別の道、も全然アリだよ」
「……その心は?」
「ライバルが減る!」
 きっぱりと言い放った芦戸に、名前は「合理主義者め」と苦笑を浮かべた。


 順番を待ちながら(ここ一週間、色々と試してみた二人だったが、最終的には白米に落ち着いた。今日は揃って日替わり定食の列に並んでいる)、皆やる気満々だったが麗日の燃えようは凄かっただとか、合理的にヒーローになる道はやっぱりスカウトなのかと話し合った。
「そういえばさ、13号先生はどうやってヒーローになったの? やっぱりどっかの事務所に相棒入り?」
「え、さあどうだろ、聞いてないなあ……」
 自分でも間の抜けた返答だとは思ったが、同じくあんまりな返事だと思ったのだろう、芦戸は顔を顰めた。「ひっど……」
「お兄ちゃん、あんまり自分の事話さないしさ。それに、私にヒーローに憧れて欲しくなかったみたい」
「あ、そうなの?」
「ヒーローて、いつでも危険が付き纏うでしょ?」
 それもそうかと芦戸は頷いた。「でもさ、折角身内にヒーローが居るんだから、ちゃんと聞いとくべきだよ。そんな機会滅多に無いんだしさ」

「――やっぱりいくら雄英生って言っても高が知れてるし、体育祭で活躍して、スカウトされるのが一番合理的な近道、かなあ」
「うん、私もそう思う。でもさ、いくらプロヒーローも見に来るって言っても、殆ど三年ステージ見に行くと思うよ。マスコミだってそっちを撮りたいだろうし……」
「あ、そっか。穴黒って案外頭脳派?」
「茶化さないでよ……で、そうなるとさ、やっぱりちょっとでも目立った人が勝ちだと思うんだ。相澤先生は『三回だけのチャンス』って言ってたけど、それって逆に言えば、『三回もチャンスはある』んだよ」
「つまり?」芦戸は心なしか小さな声で言った。
「まずは、私達の存在を知ってもらうのが先決ってこと。一年の時点で存在を知って貰えたら、来年はプロもマスコミも私達を見に来ると思うんだ。『今スカウトされる』のを狙うんじゃなくて、『卒業時点でヒーローになってる』ことを想定した方が良いんじゃないかなって」
 名前が口を閉ざした時、不意に影が差した。不思議に思って何気なく後ろを振り返れば、すぐ隣に見知らぬ男子生徒が立っていて、少しばかり驚く。肩の釦は二つ、袖のラインは一本――普通科の生徒だ。「面白そうな話してるなあ」


「どうやって目立つか、じゃなくて、何の為に目立つか、か。意識高いね」
 何となく見覚えがあるような気がするので、恐らく一年生なのだろう。男子生徒はそう言ってニッと名前達に笑い掛けた。褒められているのか、馬鹿にされているのか――名前がありがとうと曖昧に笑えば、男子生徒は「俺、心操」と名乗った。
「将来を考えるのも悪くないと思うけどさ、目先の事も見てないと転んじゃうかもよ」心操は言葉を続けた。「体育祭、成績如何でヒーロー科転科も認めてくれるんだってさ」
 だから、やっぱり今度の体育祭で頑張るべきなんじゃないのかなあ。そう言った心操に、「そうなの?」と首を傾げたのは芦戸だった。心操は一瞬芦戸に目を向けたものの、すぐにふいと視線を外す。
「穴黒さん、だっけ? 君、普通科でしょ」
 えっ、と小さく言葉を漏らした名前だったが、心操には聞こえなかったようで、彼はそのまま言葉を続けた。
「同じ雄英だけど、俺ら普通科とヒーロー科ってやっぱり違うしさ、まずはヒーロー科に上がることが一番近道だと思うよ、ヒーローへのね」
 名前が呆気に取られている内に、心操の順番が来たらしく、「ま、お互い頑張ろうよ」と言って去って行った。「私、アイツ嫌い」小さくぼやいた芦戸に、名前も苦笑を漏らしつつ同意した。盆を手に蛙吹の元へ行き、事の次第を話すと、彼女は憤るでもなくただ一言、色んな人が居るわよねと言った。大人である。

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