14

 敵連合の襲撃があった次の日、雄英高等学校は臨時の休校となった。恐らく、警察の捜査が本格的に入ることと、敵連合への対策を練る為だろう。13号の見舞いに行ったり、着替えを届けたりなんだりすることでその日は過ぎていった。
 翌朝、名前はいつも通り学校へ行こうと家を出た。しかし、数メートルも進むことなくその歩みは止まる。行く手に、見知った姿が見えたからだ。男は名前の姿を見るや否や、「やあ」と片手を上げた。「おはよう、名前ちゃん」
「おはようございます刑事さん。ええと……」
「塚内だよ」塚内はそう言ってにっこりした。「嘘は塚内、正直申す直正です」
 名前が「おはようございます塚内さん」と言い直すと、彼も笑い、再びおはようと言った。

「どうなさったんですか、塚内さん、こんな所で……」
「ん? いや何、君を待っていたんだよ。名前ちゃん、だいぶ早くに出るんだね」
 にこにこと笑う塚内は、スーツにトレンチコートさえ合わせていなければ、到底刑事には見えないだろう。彼の醸し出す爽やかな雰囲気は、警察と聞いて連想されるそれとまったく違う。
 今日は私が送っていくよと、塚内は言った。敵連合の襲撃があった日から、名前の周りには常に警官の姿があった。理由は一つ、名前が13号の妹だということが敵に知られてしまったからだ。ヒーローの身内を狙う敵は多く、しかも今回はヒーロー側が敵連合の仲間を大量に捕縛したということで、敵連合側が仕返しを仕掛けてきても不思議ではなかった。襲撃に来ていた内の殆どは捕まえられたし、主力と見られる敵もオールマイトやスナイプのおかげでいくらかの負傷はしていたものの、念の為の警戒態勢というわけだ。
「塚内さんが、ですか?」名前は思わず言った。「三茶さんは……」
 昨日と一昨日、名前の警護をしてくれていたのは、玉川三茶という名の猫の姿をした警官だった。名前が雄英から病院へ行き、それから家へ帰る時も、昨日13号の見舞いへ行った時も、付き添ってくれたのは玉川だ。塚内はひょいと眉を上げ、「何だい、私ではご不満かな」と小さく笑った。
「あ、いえ、そういうわけじゃ……」
「ハハッ、良いんだよ。あの見た目だろう、あれが子どもや女性に好かれるのは解っているよ」塚内はそう言って再び笑う。「しかし、すまないね。実は雄英に用があるのは私の方でね。どうせ行くのは一緒なのだからと、私が君を送らせてもらうことになったんだよ」
 三茶は休憩を取っているよと、塚内は付け足した。

 ご迷惑をお掛けしてすみません――名前がそう言って頭を下げると、塚内は目をぱちくりと瞬かせた。随分若々しい男だと思っていたが、こういう表情をしていると、本当に若く見える。彼がいったい何歳なのか、名前には見当が付かなかった。
「あー……」塚内は、聊か言葉に迷っているようだった。「何と言うか、最近の高校生は大人だな」
「いいかい名前ちゃん、君はまだ子供なんだ。そんな事に気を遣わなくて良いんだよ」
 先ほどまでの完璧な笑みと違い、今塚内が浮かべているのは明らかな苦笑だった。彼は名前に車に乗るように促してから、思い出したように小さく付け足した。「平和を守るのは、何もヒーローだけじゃないからね」


 塚内に送ってもらったおかげで、名前は普段の登校時間よりもだいぶ早く雄英校についてしまった。校舎の周りにも、玄関口にも、生徒はちらほらとしか見受けられない。そりゃ、いつもと同じ時間に家を出て、その上で車で送ってもらったのだから当然だ。塚内の話では、一週間ほどは様子を見るということだったし、明日はもう少し遅く出ても良いのかもしれなかった。
 まだ誰も居ないだろうなあと、そう思いながら教室の扉を開いた名前だったが、意外なことに、そこには先客が居た。
「やっ! おはよう、穴黒くん!」勢いよく挨拶したのは飯田だ。

「おはよー」名前は緩く挨拶を返しながら、飯田に近寄った。出席番号が前後という関係上、飯田の前の席が名前の席なのだから仕方がない。「飯田くん早いね。いつもこの時間だっけ?」
「いや、普段はもう少し遅いのだが、どうにもじっとしていられなくてな!」
 早くに来てしまったんだよと口にする飯田に、名前は頷く。彼の机の上には既に勉強道具が並べられていて、どうやら授業の予習と洒落込んでいたらしい。「穴黒くんこそ早いな! 一体どうしたんだい、君ももう少し、遅く来ていたように思うが」
「あー、うん、たまにはね」
 塚内に送ってもらったことを話して良いものか迷った名前は、そう言葉を濁した。どうやら飯田は別段不思議には思わなかったらしく、「そうかい!」と明るく笑った。朝から元気だ。

 通学鞄を置きもせず、勉強に戻った飯田を見ていた名前だったが、やがて「あっ」と声を発した。飯田が顔を上げる。「どうかしたかい」
「そうだ私、飯田くんに言いたいことがあったの」
「俺に?」
 不思議そうな顔をする飯田。そうだ、私は彼に、言わなければならないことがあったのだ。


 一昨日はありがとうね、飯田くん。名前がそう口にすると、飯田は目を瞬かせた。「え、あ、あぁ……」
「別に、礼を言われるほどの事はしていないと思うが……」
「ううん、そんな事ないよ。私達、飯田くんが救けを呼んできてくれたから、みんな助かったんだもん。オールマイトが来るのがあとちょっと遅かったら、一体どうなってたか……全部飯田くんのおかげだよ、どうもありがとう」
 ぺこりと頭を下げた名前だったが、飯田の焦ったような「あ、頭を上げてくれないか……!」という声に、自然と彼を見上げた。
 いつの間にか名前と同じように立ち上がっていた飯田は、困惑しているような、戸惑っているような、そんな表情を浮かべていた。幾分か顔も赤い。彼の両手は忙しなく動き、名前に動揺を伝えている。
「ぼ、僕はただ、自分が正しいと思ったことをしただけなんだ」飯田は言った。「それに、13号先生が言って下さらなかったら、きっとあのまま立ち竦んでしまっていた。走り出したのだって、砂藤くんに言われてからだし……だ、だから、僕は君に、そんな風に礼を言われる立場じゃないんだ」

 飯田はそわそわと落ち着きのない様子だったが、名前が彼のその動きまくっている両手を取ると、びくりと身を震わせ、それから静かになった。
「ううん、飯田くんのおかげで私達は助かったんだよ、本当に。それは絶対否定しちゃ駄目。飯田くんは、私達を助けてくれたんだよ」名前は笑った。「だから、飯田くんは私達のヒーローだね」

 飯田の顔が瞬く間に赤く染まり、名前はおやと思った。名前のような普通の生徒ならともかく、飯田のような優等生は、人から褒められ慣れているだろうに。まあ、同級生から感謝されるのとはまた別という事なのかもしれない。恥ずかしがっているらしい飯田の様子が面白く、暫く彼を眺めていた名前だったが、「不純異性交遊は感心しませんわよ」という言葉にはっと我に返った。
 声のした方を見れば、教室の入り口に八百万が立っていた。飯田がパッと名前の手を振り解く。「だ、断じて違うぞ!」
「そうですか?」
 訝しげな目をして、二人を見比べる八百万。焦ってあれこれと反論を並び立てる飯田だったが、あんまり可哀想になってきた為、名前の方からも否定した。飯田に先日の礼を言っていただけなのだと名前が言うと、八百万は「あらそうでしたの」とあっさり納得した。
「そういう事なのでしたら、飯田さん、私からもお礼を言いますわ。飯田さんが応援を呼んで下さったおかげで救かりました、どうもありがとう」
 にっこりと笑う八百万に、飯田はむず痒そうに頭をかき、「いや……」と小さく言ったのだった。

 その後、八百万は教室の反対側へと去っていき(彼女の席は、窓側の一番後ろなのだ)、名前と飯田も自身の席に着いた。飯田にはいくら礼を言っても足りないなと思っていた名前だったが、彼が話し掛けてきたおかげで、結局それ以上のお礼は言えなかった。飯田は13号が名前の兄であることを確かめると、自分の兄もヒーローをしているのだと打ち明けた。
 それからは、早々に復帰した相澤が現れるまで、互いの兄についての話題で盛り上がった。兄のようなヒーローになりたいのだと、飯田は笑った。

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