俺の友達

※夢主は異形型個性

 クラスで仲の良い友達は誰か。そう尋ねられれば、切島鋭児郎は少々考え、上鳴電気の名を挙げるだろう。出席番号が近い為、自然と授業内でも同じ組になることが多かったし、入学当初から共に行動する事が多かった。実際、上鳴は気の良い男だ。
 しかしながら、クラス外含めて一番気の合う友は誰かと尋ねられれば、切島鋭児郎は暫し迷う。そして考えに考えた挙句、名字名前の名を挙げるのだった。


 人混みの中に見知った姿を見付け、切島は「名字!」と駆け寄った。振り返った名字名前は、切島の姿を認めると、「あぁ、切島くん」と呟くように言った。低くごろごろとしたそれは、どこか遠雷を思わせる。
「授業なんだった? 俺らは現文」
「英語だよ、マイク先生の」
「プレゼント・マイクかー……」
 切島が呟くように言うと、名前は微かに笑ったようだった。ごろごろと低い笑い声が響いている。「元気な先生だよね、解りやすいんだけど」
「あれを元気って言える名前がすげぇよ。でもまー、そうなんだよなー解りやすくはあるんだよ、あのノリだけど。初め普通過ぎてビビったっつの」
「だよねぇ」
 そうして穏やかに笑う名前のことを、切島は好いていた。

 切島が名前と出会ったのは、雄英高校ヒーロー科の、実技入試試験の時だった。偶然同じ試験会場だったのだが、ロボットを行動不能にさせるよりも、むしろ率先して怪我人の避難に努めていた名前の姿に、切島は真のヒーローの姿を見出したのだ。異形型の個性で、パワータイプの名前は、3Pのロボットも楽々と破壊することができていた、それなのにだ。
 切島が憧れる男らしさ、それをすべて兼ね備えたのが、名前という男なのだった。クラスは違っていたものの、互いに無事に雄英に入学することができた為、こうして二人はよくつるんでいるのだった。名前に駆け寄る切島を見て、犬のようだと笑ったのは一体誰だったか。


 身長高いのも羨ましいぜ、と名前を見上げていた切島だったが、名前が会釈したのを見て後ろを振り返った。丁度、A組の担当教諭である相澤が歩いてくるところだった。
 相澤は名前の姿を認めると――体の大きな名前を見落とすのは、逆に至難の業だが――「名字か、ちょうど良かった」と片手を上げた。
「何だ、切島も居たのか」
 先生ひでぇっすよ!と抗議の声を上げたものの、相澤はうるさそうに手を振ってみせるだけで、まともに取り合わない。
「名字、頼みたいことがあるんだが今時間あるか」
「はい、大丈夫です」
「悪いな……」
 どうやら、次の授業で使う資料を持ってきて欲しいらしい。恐らくその量が多く重い為、力自慢の名前に頼みたいという事なのだろう。どうやら次の授業というのは恐らく1年A組のそれで、B組の名前に運んでもらうのは何やら申し訳なかった。
 元から手伝う気満々だったのに、「切島くん、先ご飯行ってなよ」と当然のように名前が言うので、出鼻を挫かれてしまった。
「いや、切島に気を遣う必要はないぞ。好きに使ってやってくれ」
 相澤先生は俺のことを何だと思ってんすか、と、切島が言う前に相澤は言葉を続けた。「女子一人に任せるもんじゃねぇだろ」

「……えっ」
「あ?」
 思わず漏れ出た呟きに、チンピラのような返しをしたのは教師である相澤だ。名前はといえば、微かに苦笑を浮かべている。
「えー、と、先生、今名字のこと、女子って……?」
「何言ってる。女子だろ、名字は」
 何を馬鹿な事を言っているのだと、相澤はそう言いたげな眼差しで、切島を見詰めていた。



「うわっ、埃凄いや。切島くん、気を付けた方が良いよ」
 資料室の扉を開けた名前は、そう言って背後を振り返った。切島が何の返事もできないで居ると、再び「切島くん?」と声を掛ける。その声は低く、やはり轟き渡る雷を思わせた。「おう」、と小さな声で応えた切島だったが、名前は不自然に思わなかったらしく、「さっさと運んじゃおうね」と言った。

 切島は、名前のことを一番気の合う友達――より正確に言うならば、一番気の合う男友達だと思っていた。そう、切島は本当に、名前のことを男だと勘違いしていたのだ。
 そりゃあ確かに、いくら個性溢れる現代社会で名前が多様化してきたとしても、名前というのは大体が女名だ。しかしながら、切島は「変わっているな」、としか思わなかった。それほどに、切島は名前の持つ男らしさに憧れていたのだ(ちなみに、名前は個性の関係上、あまり脚を人に見せたくないとかで、今現在男子の制服を着ている。学校からの許可は取っているらしい)。
 結局、切島は外見で判断していたのだ、名前の事を。

「あ、あったよ……年表に、ヒーロー年鑑。A組、ヒーロー史やるんだね、私達もこの間やったよ」
 そう言って切島を見遣った名前は、切島が何も言わないでいると、不思議そうに「切島くん……?」と口にした。普段と変わらぬ名前の様子が、余計に切島を居た堪れない気持ちにさせた。
「ごめん!」切島は叫んだ。
「俺、ずっと名字のこと男だって思っててよ、何度もおめぇに男らしいって言っちまったし……ほんとごめん!」

 名前は驚いたように目を瞬かせていたが、やがて「あぁ……」と小さく言った。
「何だ、その事。いいよ、そんなの。私の事男って思う人は沢山居るし、私制服スカートじゃないし。だから本当に気にしなくて良いよ、そんな事」
「けどよ……」
「そもそも、私も悪いよ。切島くんが勘違いしてるんじゃないかなってちょっと解ってたけど、否定しなかったし……だからお相子だよ」
 気にするなと笑う名前に、切島の中で彼女への憧れが膨れ上がる。そして、気付けば口にしていた。「やっぱり名字のそういう男らしいとこ、俺好きだぜ!」


 ハッとなったのは、目を丸くしている名前を見てからだ。たった今反省した筈だったのに、またやってしまった。切島にとって“男らしい”は最高級の賛辞だったのだが、それは決して女子に言う言葉ではないし、言われて嬉しい言葉でもない筈だ。いくら男らしい巨体をしていたとしても、名前は女子生徒なのだから。
 ――しかも、今の言い方だと、まるで俺が名字を好きみてえじゃねぇか?
 確かに、名前の事は好きだ。しかしそれは友人としての好き、もしくは尊敬の気持ちであって、恋愛感情では決してない。一人で焦り、顔を赤くさせていた切島だったが、ふと名前を見てみれば、彼女は彼女で若干恥ずかしそうにしている。
 そう言えば、名前を男らしいと言ったことは何度もあったが、“好き”だと口にしたのはこれが初めてかもしれなかった。

「私も切島くんのこと好きだよ、男らしくて」と、照れたように笑った名前に本当にときめいてしまっただなんて、そんな馬鹿な。
 ちなみに、資料は殆ど名前が運んでくれた。段ボール一箱分がかなり重く、切島一人では持つことが出来なかったのだ。情けなさに立ち尽くす切島に、「切島くん、私の荷物運んでくれないかな」と首を傾げてみせた名前は、やはり最高に男らしい友達だった。

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