11

「平気か」上から降ってきた声に何とか返事をしようとするものの、もごもごという声にならない雑音にしかならなかった。そんな名前に代わり、「だいじょーぶだ!」と返事をしたのは瀬呂だ。もっとも彼の声も、瀬呂自身が名前達の下敷きになっているせいで、随分とくぐもっているのだが。
 瀬呂の返事を聞き、名前達に覆い被さっていた障子は素早く身を起こすと、そのまま四人を引っ張り起こした。名前がありがとうと礼を言うと、そういうのは後だと突っぱねる。

 散らして嬲り殺す――その言葉通り、生徒達は皆ばらばらにされたようだった。感知能力の高い障子が言うには、どうやら皆エリア内には居るらしく、今のところは全員無事らしい。クラスメイトが移動させられたのは、おそらく靄のような敵の“個性”なのだろう。その証拠に、黒い靄の敵は依然として名前達の前に立ち塞がっている。
 名前と芦戸、瀬呂の三人は、障子のおかげで入口から離れることなくいられたが、この場に残っているのは飯田と麗日と砂藤、それから13号だけだった。
「物理攻撃無効でワープとか……最悪の“個性”だぜ、オイ」瀬呂の小さな呟きは、やけに名前達の耳に残った。


 USJ内のどこかには居る筈の蛙吹達――クラスメイト達のことも心配だったが、今は自分達の事を考えなければならなかった。立ち昇り、人型を形作る黒い靄に名前はびくりと身を震わせる。複製腕でそんな名前の姿が視界に入ったのだろう、障子が庇うように一歩前に出たが、この場に居る誰もがあの靄の敵にダメージを与えられないことは明白だった。物理攻撃が効かず、ともすればワープで逃げられてしまう――名前は無意識の内に、13号を見詰めていた。
 しかし13号が名前を見ることはなく、彼は「委員長」と静かに飯田を呼んだ。その声に聊かの迷いが感じられたのは、恐らく身内である名前だからこそ解ったことだろう。「君に託します」
 13号は言った。恐らく敵連合の中にセンサーを無効化させる個性の持ち主が居る筈だと。そして、セントラル広場でイレイザー・ヘッドが“個性”を消して回っているにも関わらずそれが作動しないのは、その“個性”の持ち主がどこかに身を隠しているからなのだろうと。

 電波を妨害する“個性”の持ち主を探し出すより、飯田が走って助けを呼びに行く方が速い筈だと、13号は言った。しかし同時に、それは飯田の身をより危険に晒すことにもなる。13号にとって、苦渋の決断だったに違いなかった。
「救う為に、“個性”を使って下さい」
 生徒一人に助けを呼びに行かせるという判断、そして敵を前にしての作戦の伝達――名前は嫌な予感がしていた。焦っているのだ、13号は。
「手段が無いとはいえ――」敵の声には、強い嘲りの色があった。「――敵前で策を語る阿呆がいますか」
「バレても問題ないから語ったんでしょうが!」


 ――スペースヒーロー、13号。その“個性”はブラックホールと呼ばれ、彼の指先から現れる黒い渦はありとあらゆる物を吸い込み、粉々に粉砕することができる。しかし彼はその“個性”を破壊ではなく人命救助に使う、正義のヒーローだった。
「13号。災害救助で活躍するヒーロー――」敵の声には愉悦が滲んでいた。「やはり……」
「戦闘経験は一般ヒーローに比べ、半歩劣る」
 ――13号の指先から現れたブラックホールは、そのまま黒い靄の敵を呑み込むかに思えた。靄は吸い込まれ、そのまま宇宙のかなたに消えてしまうのではないかと、名前達はそう期待を抱いてしまったのだ。しかし、黒い靄は吸い込まれそうになると同時に大きく膨れ上がり、13号の身体を丸ごと呑み込んだ。それは、ブラックホールが敵を吸い込むよりも、ほんの一瞬前のこと。
 敵の出したワープゲートに送り込まれた13号は、そのまますぐに姿を現した。敵とブラックホール、その間にだ。

 名前の目に映ったのは、力尽き、頽れる兄の姿。「お兄ちゃん――!」


「“お兄ちゃん”」黒い靄が僅かに蠢いた。「なるほど。妹さんでしたか」
 敵が居るせいで駆け寄ることもできず、その場に呆然と立ち尽くしていた名前は、びくりと身を跳ねさせた。靄の敵が自分を見詰め、怪しく笑っていたからだ。名前は確かに、黒い靄の敵と“目が合った”と思った。「これは――良いことを聞きました」

 身を強張らせた名前だったが、砂藤に言われた飯田が走り出したことで敵の注意が逸れた為、そのまま13号に駆け寄った。既にブラックホールは消え失せ、そこにはただ力尽きたヒーローが倒れているだけだ。宇宙服を模したコスチュームは背面が大きく裂け、その中からは血に染まった背中が顔を覗かせている。
「お兄ちゃん……お、お兄ちゃん!」
 その手を掴めば、13号は弱々しい力で名前の手を握り返してくる。生きている。
 ぼろぼろと涙をこぼす名前に、芦戸もまた蒼白な顔で「大丈夫、大丈夫だよ」と繰り返した。名前は13号の手を握ったまま、ただ泣いて何かに縋ることしかできなかった。いったいどうして、私の“個性”は怪我を治せる力じゃないんだろう。
「麗日、どうしたの!」焦ったような芦戸の声に、名前は顔を上げた。麗日お茶子が今、飯田に襲い掛かった黒い靄の一部分を掴み、そのまま引っ張ろうとしているところだった。物理攻撃無効――その筈だったが、靄の敵は麗日の引く力に従い、飯田から引き剥がされていく。
「理屈は知らへんけど――」彼女の“個性”は、触れたものに付加されている重力を無効化する力だ。「――こんなん着とるなら、実体あるってことじゃないかな……!」
「行けええ! 飯田くーん!」
 無重力状態となった靄の敵は、そのままふわふわと宙を漂い、瀬呂のテープによって飯田から離れたところに飛ばされた。飯田は無事門を潜り抜けると、猛スピードで駆けていく。黒い靄は「ゲームオーバーだ」と呟くと、小さく収束して消えていった。

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