03

 フレッド・ウィーズリーは、名前が名前になる前、一番好きなキャラクターだった。ふざけているようで家族思いなところも、ユーモアのセンスも、何もかもが大好きだった。彼が死んだ時は思わず泣いてしまったし、暫く立ち直れなかったくらいだ。
 スリザリンに入ろうとしていた理由の一つに、主要キャラクターにあまり関わらないようにしたかったということが挙げられる。主立ったキャラクターは大概グリフィンドールの出身だ。言っちゃなんだが、ハリー達と行動を共にすれば命がいくつあっても足りない。グリフィンドールとスリザリンだったら、断然スリザリンの方が死亡率が低い。主に七巻で。
 そりゃ、大好きなキャラクター達と友達になれたらそれほど素敵なことはないが、命あっての物種だ。はっきり覚えていないので頭に多分がつくが、名前は多分一度死んだ身なのだ。また死なないという保障は無い。キャラとの交流と自分の命だったら、迷わず命を選択する。誰だってそうする。私だってそうする。
 キャラ達とのウキウキライフを夢に見はしたが、同じ世界に来ただけで充分に嬉しいし、同じ頃にホグワーツに通えるなら傍目から見ているだけで良い。スリザリンなら、スリザリンで良かったのだ。むしろそう言った面を含めても、やはりスリザリンが良かったのだ。あの意地悪マルフォイだって、身内だと思って見ていれば楽しいだろう。見ているだけなら。
 付け加えて言うなら、名前は名前であって、女の子ではなかった。そして男の子でもなかった。最近気付いたことだが、自分はどうやら男にはなり切れないらしいのだ。女の子を見ても何も思わないし、普通に男の人に憧れる。性同一性障害の一種と言えるのかもしれない。キャラクターと関わるなら、女の自分で居たかった。体は男で心は女のままなんてあんまりだ。生まれて十一年経った今でも、排泄時に違和感が拭えない。慣れはしたが。
 要は、意図せず同性愛者となってしまった今の状態で、あんまりキャラ達と関わり合いになりたくなかったのだ。
 そこでフレッド・ウィーズリーの登場だ。名前は二度目の絶望を味わうこととなった。

 先にも述べた通り、フレッドは名前が一番好きな「キャラクター」だった。しかし、今ではもう彼は「キャラクター」ではない。名前がキャラになったのか、それともキャラの方が名前と同じ存在になったのかは知れないが、ともかく名前と、フレッドを始めとした彼らは同一の存在だった。
 名前は、フレッドという一人の人間に惹かれてしまったのだ。
 彼がにやっと笑って「これからよろしくな」と言った瞬間、名前は恋に落ちた。そうなることが当たり前とでも言うように、一瞬で彼を好きになった。本能的に、こうなることが解っていたのかもしれない。「スリザリンに入りたい」ではなく「グリフィンドールはダメ」と言っておくべきだっただろうか。

 生き残った男の子云々を父親から聞かされた時、ハリーと同い年ではなさそうだと思ったが、まさかフレッドと同じ年になるとは思っていなかった。つまり自分はハリーの二つ年上ということか。原作が始まるまでにあと二年。フレッド・ウィーズリーが死ぬまで、あと九年。


 だから嫌だったのだ。グリフィンドールに入りたくなかった。
 必要以上に「キャラ」達と接してしまえば、あらかじめ解っている彼らの死が、より辛いものになってしまう。実に利己的な考え方なのかもしれない。しかし、だってそうじゃないか。――誰が好き好んで、死ぬと解っている大好きな人と仲良くしなければならないのだ。
「へえ、じゃあ四人兄弟なのか?」
「いやいや」赤毛の双子は揃って手を振ってみせた。
「一番上はビルって言うんだ。この間卒業したよ。今はエジプトで呪い破りしてる」
「それに、僕らの下にロニー坊やとジニーが居るんだ」
「七人兄妹さ。僕らはちょうどその真ん中」
 髪の毛を縮れさせた黒人の男の子は、感心したように「へえぇ」と呟いた。そういう反応は慣れっこなんだろう、二人は得意げに頷いてみせる。
「ロニーは二つ下だから、あと二年すればホグワーツさ」
「リーは一人っ子なんだっけ。名前はどうだ? 兄弟居る?」
「うん、弟が一人」名前が言った。「君らの弟君と同い年さ」
 此方を見ていたフレッドとジョージは、全く同じタイミングで「そりゃ良い」と言った。
「それじゃ、ロンと友達になるかもな」
「ウィーズリー家の男は、代々グリフィンドールなんだ」
 あいつだってそうなるさ、と二人は再び声を揃えた。
「僕らの中で兄弟が居ないのはリーだけか」フレッドがニヤッとした。
「そうかー、リーは知らないんだな、兄弟喧嘩ってやつを……」
「兄貴の一人くらいあげるよ。パースなんてどうだ?」
「僕らのお勧めだぜ。ちょっとばかし固いけど」
「あいつは石頭になりたいんだ」
「よせ!」困り顔の男の子は、すっかり双子のペースに乗せられている。
 黒人の少年、リー・ジョーダンは、助けを求めるように名前の方を見たが、名前が笑っているのを見ると今度はいじけだした。どうやら、名前の手助けは期待できないと悟ったのと同時に、少しばかりの疎外感を感じているらしい。名前も、前世は一人っ子だったからその気持ちは解る。一人は気楽だが、時々兄弟や姉妹が無性に羨ましくなるのだ。
 けらけらと笑っている赤毛の双子の前で、名前も再び愛想笑いを浮かべた。朝食の席、話題は尽きなかった。名前は彼らがお喋りしているのを聞きながら、黙々とフォークを動かし続ける。すでにベーコンは細切れだ。


 名前の願い空しく、名前はグリフィンドール寮生となり、そしてあろうことか、あのフレッド・ウィーズリーと同じ部屋になってしまった。これから七年間、彼と一緒に生活をしなければならない。できるだけ原作キャラには関わらないようにしようと、そう思っていたのに。特別親しいというわけではないが、名前は彼と「友達」になってしまった。九年後に死ぬ彼と。フレッド持ち前の社交性と、名前の十八年プラス十一年による協調性が合わさった結果だった。
 どんな顔をして彼と接していけば良いのか、名前には解らなかった。
 これでフレッドが小説と違って嫌な奴だったら良いのに。そうすれば、この胸に感じる罪悪感は少しは薄れてくれるだろう。彼の死を知っていながら、何もできない自分に対するその気持ちに。しかしながら、フレッド・ウィーズリーという人間は、贔屓目無しに素敵な人だった。文字で見ていた彼、その彼以上にフレッドは素敵な魔法使いだったのだ。二、三日付き合っただけですぐにそれと解った。彼は最高だ。
 逆に自分を嫌いになってもらえばそれで良いのかもしれないが、それは不可能というものだ。ただでさえ、「お前には失望した」と離縁ではないものの実の父親から見捨てられそうになっているのに、寮でまでそうなりたくない。スリザリン寮に入って、純血主義を騙るだけならできたのだ。しかしこのグリフィンドールでそれはできない。
 名前のことをフレッドが友達だと思っているのと同じように、名前の方も彼を「友達」だと思ってしまっていた。友達を騙すような真似は、できるならしたくなかった。それに、何よりも、フレッドに嫌われたくないと、心の奥底でそう思ってしまっていたのだ。



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